イベントシナリオ第4回リアクション
『お祝い!? 合同パーティー』
第1章 ようこそパーティーへ
ピア・グレイアムは、会場の壁際に設けられた円卓にお皿を並べている。中央には、バースデーケーキ。まだ会場に人の姿はまばらだが、少しずつ増えては来ている。誕生日のひとはもちろんだけど、そうでないひとにも食べてもらえたら。そんな気持ちで彼女が作ったケーキが、静かに主賓を待っている。
「お疲れ様。ずいぶん早くから準備してるんだな」
ピアに声をかけたのは、パーティー前の室内の見回りにやってきたバート・カスタルだ。
「バートさんこそ、お仕事お疲れ様です」
「いやいや。本当に忙しいのはここからさ。せっかくお誘いをいただいたからには、バタバタする前に会いに来ようと思ってね」
彼女は、まだ誰も使っていないグラスをバートに差し出すと、そこに赤紫色の液体を注いでいく。
「おいおい、酒はまずいって」
「ふふ……ぶどうジュースですよ」
「なんだよ、『うっかり』飲めるかと思ったのに」
バートはそういうと、冗談っぽく笑った。
「バートさんも、お誕生日ですか?」
「いいや」
彼はグラスを傾けながら、「秋の終わりのころだ」と答える。
「あら、そうでしたか……もし誕生日でしたらお祝いを、と思ったのですが……」
「悪いね」
バートが、本当に申し訳なさそうな表情を浮かべる。それから、ふっ、と小さくため息をついて、「俺にはケーキも、まだしばらくお預けだ」とこぼした。
「いえいえ」
彼女はホールの一部にナイフを入れて、三角のひとかけらを切り出した。そしてそれを皿の上に優しく載せると、小さなフォークと一緒に手渡す。
「これは、お誕生日の人以外も食べていいケーキですから」
「いや、しかし……」
バートはキョロキョロとあたりを見回した。それから小声で「誕生日の人たちより先に食べるのは、まずいんじゃないのか?」と聞いた。
「大丈夫です」
ピアはそういうと、にっこりとほほ笑んだ。
「どうぞ、召し上がってください」
「……それじゃ、お言葉に甘えて」
彼は大きな体をできるだけ小さくして、ケーキを口に入れた。
「んーっ……うまいっ! って……あ……」
せっかく体を小さくしたのに、思わず大きな声が出る。
「うふふ……ありがとうございます」
ピアはそう言って、楽しそうに笑った。
いよいよにぎやかになってきた会場の端に、小さな人だかりが出来ていた。
「はいはーい!」
トゥーニャ・ムルナは、満面の笑みでカクテルを並べていく。
「お酒を飲んでいいのは成人してるひとだけだよーっ!」
彼女の手元には、自分の家から持ってきた山ぶどうのワインのほかに、フレンから少しだけ分けてもらったウィスキー。ほかにも、透明な蒸留酒が何種類かはあるようだが、どれも量はそう多くはない。アルコールのほかには、紅茶やオレンジジュースと言った、お酒を割るための飲み物、カクテルに添えるミントなどが揃っている。このオープンキッチンスペースは、即席のバーラウンジだった。そこに、新成人や『旧成人』が集まってきていたのである。
「よし、じゃー、すごいの見せちゃおうっ!」
彼女はニィッと愉快そうな笑顔を見せる。そして、底の浅い2つのグラスの片方にレモンジュースを、もう片方に2倍ほどのジンを注いだ。ぱらぱらと少量の砂糖をその中に入れると……トゥーニャは両手に意識を集中していく。たちまち、ぶわっと強い風が起こって、彼女の銀の髪が揺れた。突風の勢いに任せて、浅いグラスの中に入っていた2種類の液体が空中へ。そして渦を巻きながら、2つが1つにまじりあって……そしてまた、元のグラスに戻っていった。……こんな芸当は、高い魔力を持った彼女にしかできるはずもない。「おお」と、誰からとなく歓声が上がった。
「題して、『空中カクテル』! 面白いでしょ?」
トゥーニャはカウンターの向かいに、出来上がった2杯のジン・レモンを置いて、また屈託のない笑みを浮かべた。
「飲みやすいけど、アルコールは強いからね。飲みすぎ注意だよ! もっと度数が低いのがよかったら、そういうのも作れるからね!」
ステラ・ティフォーネは、珍しくドレスを着ていた。会場には確かに溶け込んでいるのだが、慣れない格好に戸惑っているのは、ほかでもない彼女自身のようだ。
「ステラさん」
彼女にそう声をかけたのは、リック・ソリアーノ。ステラは振り返り、「こんばんは」と言って頭をゆっくりと下げた。
「こんばんは。そのドレス、とってもよく似合ってますね」
「そうですか? もっとこう、大人びた体つきなら、このドレスも映えるだろうと思いますが」
「いえ、そんなことはありませんよ。本当に、よく似合っています」
「お上手ですね、リックさんは」
それまで、少し不安だった彼女の胸が、少しだけ晴れたようだ。口元のほころんだ彼女に、ステラさん、ともう一度、リックが微笑みかける。
「僕で良ければ、踊りませんか」
「……ええ、喜んで」
差し出されたリックの手を、ステラはうっすら頬を染めながら、優しく取った。
ゆったりとした三拍子のリズムに合わせて、右足、左足。踏み出してしなやかに腕を伸ばせば、素敵なダンスが始まっている。普段メイド服を着ている姿からは想像しがたい、優雅な動き。背筋をぴんと張って回転すると、ドレスのフリルが広がって揺れる。
「ステラさんは、お誕生日なんですか?」
「ええ。今年で19歳になりましたわ」
そうなんですね、とリックは、彼女の腰を抱く。
「大人のお姉さん、ですね」
「そうでしょうか?」
彼女は首をかしげて、彼の顔を覗き込んだ。そして、まだあどけない少年の表情を見て、「そうかもしれません」と言い直し、ほほ笑んだ。
アウロラ・メルクリアスは会場の床や壁、天井をしげしげと見つめていた。
「ここでパーティー、っていうと……」
瞬間、彼女の背中を寒いものが駆け抜けていく。それは温かい『何か』の記憶だったような気がするのだが……。そこまで思って、彼女の本能が記憶を呼び起こすことにブレーキを掛けた。そして身震いを1つして、小さくため息をついた。
「んっ?」
彼女が顔を上げて見た先……壁に寄り掛かって会場の人たちの様子を眺めているハビ・サンブラノと目が合った。トゥーニャのお酒が回っているのか、うっすら頬が赤く、目がとろんと潤んでいる。
「……アウロラさん?」
ハビは、それでもしっかりとした足取りで、彼女の前まで進み出る。
「……もしお嫌でなければ、踊ってくださいませんか?」
アウロラの鼓動が、だんだん早くなる。生唾をぐっと飲みこんだ。これまであまり話したことのない彼から、まさかこうやってダンスの誘いを受けるなんて……。
「おっ、お願いします……!」
少しばかりぎこちない動きで、彼女はハビの手を取った。
踊り始めたハビの動きは、それ以上にぎこちない。だが、相手をいたわるような、優しく温かみのある動きは、アウロラを落ち着かせた。
「実は、ダンスってやったことがなくて」
ハビはステップを踏みながら、恥ずかしそうに言った。
「あの壁際で、ずっとみんなの動きを見てイメージトレーニングしてたんだ」
「私もそんなに経験はないから……これでいいのかなって、ちょっと不安です」
うつむいたまま、アウロラはつぶやくように言った。先端の細くなった義足で、間違ってハビの足を踏んでしまわないようにと、そっと優しい動きで、彼女も応える。まだ、2人のダンスは始まったばかりである。
「しっかし」
マティアス・ リングホルムは、口の端についたケーキのクリームを舐め取ると、だれにも聞こえないような小さな声でぼそっとつぶやく。
「もう1年経つのか」
彼も、1つ年を重ねた。椅子の背もたれに体を預けて両手を頭の後ろで組むと、フロアで踊る人たちを眺めながら、この1年のこと、そしてこれからの1年のことを、何となく想像した。
「……」
そうしてマティアスは、次第にダンスに心を惹かれていく。これまでこういうキッチリとしたダンスを踊ったことがないからと敬遠していたが……見ていると、だんだん面白そうになってくるものである。
立ち上がって、ちょうど今踊り終えたばかりのベルティルデ・バイエルの元へと歩み寄った。
「あのっ……こ、こんばんは!」
「あら、マティアスさん、こんばんは」
ベルティルデは、にっこりと優しく微笑んだ。
「その、良かったら、俺にダンスを教えてもらえないか?」
「教える……ですか? わたくしでお役に立てれば」
彼女はそういって、マティアスに手を差し向けた。
「お誘いするときは、こうやってください。手のひらを上に向けて『踊ってくれますか』と、男性のほうから仰ってください」
「あ、ああ……」
マティアスは言われるままに、手を差し出す。
「俺と、踊ってください」
「喜んで」と、ベルティルデはほほ笑んで、彼の手を取った。温かくて小さく、しっとりと吸い付いてくるような、ベルティルデの右手。
「あっ、その……」
「なんでしょうか?」
「足、踏んじゃったら、すまん」
「……うふふ。踏まないように、気を付けてくださいね」
ベルティルデは、いたずらっぽくそう笑った。
メリッサ・ガードナーは、カヤナ・ケイリーのドレスを見て、「うんうん」とうなずいている。
「ねえ、これちょっと大胆過ぎないかな?」
「いいのいいの! 主役なんだから!」
カヤナは少し恥ずかしそうに、鏡に映った自分の姿を見ている。
「でも……こんなにざっくり胸元が開いちゃってる……」
「なに? もっとおっぱいを盛ってほしいって?」
「言ってないっ!」
カヤナは顔を赤くして、「もーっ……」と言った。
「ほーら、行ってきなさいよ。みんな待ってるわよ」
メリッサが、彼女の背中を押す。
「ありがとう」
カヤナは小さくうなずいて、ゆっくりと着替え部屋を出て行った。
「ふぅっ」
メリッサは小さくため息をつく。……本当は私だって、あんな素敵な服を着て、彼と甘い時間を過ごしてみたい。彼の腕の中で踊るのは、ほかの誰でもない、私だけであってほしい。……けれど、そんなわがままは絶対に言えない。
「さっ、次は女将さん!」
気を取り直すようにそう声を張ると、窓際で呼ばれるのを待っていた岩神あづまが「よろしくお願いします」とほほ笑んだ。
「さーっ、めいっぱい素敵にしちゃうからね!」
「メリッサさん」
あづまは、ついさっきカヤナがそうしていたのと同じように、顔を赤らめて自分の姿を見ている。
「やっぱり、あたしにはちょっと派手すぎるんじゃないでしょうか……」
「そんなことないっ!」
彼女に笑顔でそう言われると、あづまも何故だか、「確かにそれほどではないか」という気になってしまう。
「やっぱり元がいいと、しっかりメイクして洋装にしても似合うわね!」
「もうっ……褒めても、何も出ませんからね」
そう言いながら、あづまの顔はどこか嬉しそうだ。やはり1人の女性として、舞踏会という華やかな世界に対する期待があるのだろう。煌びやかな衣装は、そのためのパスなのである。
「それじゃ、楽しんできてね!」
メリッサはそういうと、あづまの肩を叩いた。「ありがとうございます」と彼女は答え、部屋のドアに手をかける。
「あっ、ちょっと待って」
「はい?」
「……少し時間があるときでいいからさ、何か飲むもの貰ってきてくれない?」
あづまは心得顔で「もちろんです」と答えた。
「……あなたが、レイザさん?」
あづまは、黒いタキシードをぴしりと決めた男に声をかけた。いかにも、彼はレイザ・インダーである。彼は声をかけられて振り向いたが、怪訝そうな顔でしばらくあづまを見つめていた。
「……あなたは」
「岩神あづまと申します」
「……あづま、か。いい名前だな」
レイザは微笑んで、彼女の頬をすっと撫でた。
「それに何と言っても、美しい。この化粧も、その奥の君も」
「レイザさん」
あづまはその手を優しく払ってほほ笑む。
「あたしのこと、エスコートしてくださいます?」
「ああ、もちろん。どこまでもお供させていただきますよ」
彼はいたずらめいてそう言うと、腰に手を当て、腕をあづまに掴ませた。親友の立つべき場所に立ってしまったあづまは、レイザさん、ともう一度彼を呼ぶ。
「あたしと1つ、約束してくださいな」
「何を」
「誰とは言いませんけれど、レイザさんのよくご存じの人、その人を泣かせるような真似はしないと」
「女か?」
「ええ」
「そいつは、無理な相談だな」
レイザは、小さく笑う。
「女ってのは、いい女であればあるほど、泣いてる姿が見たくなるってもんだ」
「ひどいひと」
「何とでも言うがいいさ。……さあ、踊ろう」
レイザはそう言って、あづまの手を握った。
「やあ、待っていたよ」
ヴォルク・ガムザトハノフは壁に背を預けて斜に構え、上目遣いでジスレーヌ・ソリアーノを見た。
「……ヴォルクさん?」
「君が真砂でハンバーグと向き合っていた、あの日からずっと、ね」
「あの……」
ジスレーヌが、申し訳なさそうにうつむいた。
「どうしたんだい、我が愛しの少女」
「……私、真砂でハンバーグをいただいたことはございませんが……もしかして人違いではありませんか?」
「なっ!」
驚いてヴォルクがのけぞる。
「何たること……ではあれは――あの麗しき姿は、俺の白昼夢であったというのか……!?」
しかし、すぐにいつもの調子を取り戻し、「しかし、それも今となっては同じこと」と不敵に笑った。
「こうして、今日君はここに来てくれた。それこそが、運命」
そして、手を差し伸べる。
「願わくば、俺と1つ」
「……ええ」
彼女はヴォルクの手を取って、やや困惑気味にほほ笑んだ。
あづまの教えである「清潔感とちょっとの強引さ」を、ヴォルクは忠実に守っていた。ただし、ヴォルクにとっての「ちょっとの」が、ジスレーヌには「それなりの」になっている可能性について、彼は考えられていないだけなのだ。
アクセルのかかったことばを放っていたヴォルクではあったが、ひとたび踊れば、また別人。
「お上手なんですね」
ジスレーヌも思わずそうつぶやくほどに、彼のダンスは繊細な動きで構成されていた。頭のてっぺんからつま先まで、精密に計算されつくしたような、軽やかでしなやかな動き。
「運動は得意でね」
ヴォルクの動きもさることながら、それに翻弄されないジスレーヌの動きも、非常に軽妙である。手をつないで、腰を彼に預け、大きくのけぞって見せる。
「君も、流石だ」
ヴォルクは彼女の手を引き、息を合わせて飛び上がる。『優雅』。今の2人には、そのことばがよく似合う……はずだった。
「では、これではどうかな!」
ヴォルクはジスレーヌの手を放し、その場にぐっと屈みこんだ。
「へっ!?」
突然の出来事に、彼女は素っ頓狂な声を上げる。
……ヴォルクは、その場でブレイクダンスを始めたのだ。
腕の力だけで体を支えていたかと思うと、勢いをつけて脚を回転させ始めた。さらにその回転の力を利用して、今度は背中を床につけて、回る回る。
「すっ、すごいーっ!!」
ジスレーヌは初めて見たブレイクダンスを、手を叩いて応援する。彼女の手拍子に合わせて、さらにヴォルクは加速していく。……と思いきや、今度はびたりと止まって、彼女を見た。
「さあ、次は君の番だ」
ジスレーヌは思わず困惑して、「わっ、私には、そんなのとてもじゃないけど出来ませんよ」というのが精いっぱいだった。
カヤナは会場の隅で皆にお祝いをしてもらい、ケーキを食べながら談笑していた。
ダンスに興味があるものの、全くの初心者なため、自らダンスフロアに近づくことができずにいた。
「綺麗なお嬢さん、俺と一曲踊ってくれないか?」
そんな彼女に声をかけてきたのは……。
「しょ、所長!?」
驚きのあまり、カヤナの声が裏返る。
造船所の所長で男爵のフレン・ソリアーノだったから。
「なんだその顔は、自分の誕生日だってのに料理作ってくれたんだってな。いつもリックが世話になってすまねぇ」
「い、い、いえとんでもございません! ご子息様にはこちらこそ常々お世話になっており……」
普段のオッサン姿のフレンにはこんなに気兼ねしないのだが、今日の彼は金色の刺繍が入った貴族らしい服装をしており、品格が漂っていた。
「まあまあ、せっかくだから踊ろうぜ。楽しくな!」
言って、フレンはカヤナの背を叩いて、ダンスフロアへと連れて行った。
「それにしても見違えたぞ。今日はなんか可愛いじゃねぇか」
「フレンさんこそ、なんだか男爵に見えます」
笑い合いながら、フレンは優しいステップで、カヤナをリードして踊っていく。
カヤナは緊張しながらも、フレンに合せてゆっくりステップを覚えていくのだった。
館のホールのようにはいかないが、会場はそれなりに整えられていた。
何より出席者があの時とは違い、皆ダンスパーティーに適した格好をしているため、あの時――そう鍋パーティーの面影は全くなかった。
(ええ、鍋は本当にひどい目に遭いました……)
マーガレット・ヘイルシャムはグラスを手に、どこか遠くを見つめていた。
会場がここだと知りつつもマーガレットが訪れたのには訳がある。
気晴らし。そして、マテオ・テーペ回顧録の執筆……はともかく。
(薔薇騎士物語外伝の主人公、若き騎士は両刀使いという設定ですから、舞踏会で意中の女性とダンスという展開は有りでしょう)
しかし、その意中の女性の設定が決まらずにいた。
読者は女などいらない。男をもっと出してと思うかもしれない。
それは分かる。分かるのだが、それはそれ、これはこれなのだ。
「遅くなってごめん」
壁際でひとり、そんなことを考えていたマーガレットの前に、その主人公……のモデルが現れた。バート・カスタルである。
「いええ、お仕事ご苦労様です。ところでカスタル卿」
マーガレットは待っていましたとばかりに即、彼に聞くのだった。
「あくまでも仮定の話ですが、卿がとある国の騎士だとして、舞踏会で一緒にダンスをするなら、どのタイプの人がいいですか?」
「ある国のというか、俺はこの国の騎士なんだが」
「架空の設定です。私はもっぱら随筆を書きますけど、架空の設定を考えて物語を考えるのも好きなものですから、他意はありませんのよ」
そう前置きをしてから、マーガレットは架空の人物を6人あげる。
「1:男装の麗人の女騎士
2:ドジだが憎めないメイド娘
3:器量のいいパン屋の看板娘
4:高貴な血筋の末裔だが妄想癖のある少女
5:寡黙で陰のある感じの魔法使い
6:半ズボンの似合う美少ね……いえ、美少女」
「ん? なんだか思い浮かぶ人が……」
「気にしてはいけません。全て架空の人物です」
「俺はあまりダンスの経験ないからな……人並みに踊れるのなら、そんなのもちろん全員に決まってるじゃないか」
「なるほど、そうきましたか」
両刀使いの若き騎士の守備範囲の広さはなんとなく察していたが、無類の女好きでもあるようだ。
「しいていえば」
「はい」
「釣り合わない女性とだと相手にも悪いからな。身長差がありすぎると、綺麗に踊れないし。だから「1:男装の麗人の女騎士」がベストパートナーなんじゃないかな」
「ですよね」
さまざまな男女と散々遊んだあと、自らにとって最良のパートナーが誰であるか気付く若き騎士!
読者はきっと悦んでくれるだろう。
「ところで、カスタル卿……架空のお話はここまでにして、よろしければお相手していだけませんこと?」
マーガレットは満足げな笑みをたたえて、バートを見上げた。
「もちろん、喜んで。あ、君もダンスあまり得意じゃないとのことだけど、俺も経験あまりないから、上手くリードできなかったらごめんな」
バートはきまり悪そうに笑った。
「けどさ、さっきの例えの中に、どうして『可愛い姫様』とか、『儚げな絶世の貴族令嬢』とかいないんだ? 自分からは誘えない高嶺の花だけど、釣り合わなくても踊ってみたいのに」
マーガレットの手を取って、バートは彼女をダンスフロアへと誘った。
そして楽しげな表情で、ゆっくりとしたテンポの曲を2人は優雅に踊っていく。
16歳の誕生日。
アリス・ディーダムは、会場の入り口で、魔法学校の教師であるレイザ・インダーと待ち合わせていた。
先に会場に訪れていた彼は、見慣れたいつもの少し派手な服ではなく、スタイリッシュな黒のタキシードを美しく着こなしていた。
「いつもと随分雰囲気が違うな」
アリスを見つけて近づいたレイザは、ドレス姿の彼女をしげしげと眺める。
彼女が纏っているのは、母親が着ていた落ち着いた青色のドレス。胸元と肩が大きく開いた、大人の魅力を引き出すデザインだ。
「似合うでしょうか?」
「ん。アリスは体はもう立派な大人だからな、身長は低いけれど。ああ、胸もまだ成長してるんだったか」
「はい……。バランスが悪くなりそうで、少し困っています」
肩も凝りますしと、アリスは軽く眉を寄せた。
「大きくする手伝いは出来ても、小さくすることはできないからな」
「大きくする手伝いって?」
不思議そうにアリスがレイザを眺める。
レイザはアリスの胸元を見たあと、すっと目を逸らす。
「いや、なんでもない。行こうか」
言って、レイザはアリスの手を取り、ダンスフロアへエスコートした。
音楽が始まると、息を合わせて、2人は踊り始める。
目が合うと、どちらからともなく微笑が浮かんだ。
最初は少し緊張していたアリスだけれど、レイザのリードで踊っているうちに、次第にリラックスしていき、綺麗に自然な姿になっていく。
が……。
「あっ」
躓いたアリスを、レイザが両手で支えた。
「す、すみません」
「ヒール、高すぎるんじゃないか?」
「先生に少しでも近づきたくて。慣れてきたら、上手く踊れるようになると思います」
ヒールの高い靴を履いていても、レイザとの身長差はかなりある。アリスはそれを気にしていた。
「無理はしないように……っと、次の曲は大丈夫そうだな」
くすっとレイザは笑み浮かべて、アリスを抱き寄せた。
曲がスローテンポに変わった。踊り方は知っている。というより、これは曲にあわせながら、体を軽く動かすだけ。
片手を繋ぎ、レイザのもう片方の手はアリスの腰に。アリスのもう片方の手はレイザの肩に回された。
「誕生日、おめでとうアリス。教師と生徒という関係上、形に残るものは贈れないが……甘えていいぞ」
優しく愛しみがこもった目で、レイザはアリスを見詰めた。
それは教師として、保護者として向けらた愛情。彼の温もりと優しい視線にアリスの心が癒されていく。
この消えてしまいそうな世界で。不安ばかり感じてしまう毎日の中の。
ほんの少しの、短い安らぎの時だった。
「今日は有り難うございました」
アリスは頬を寄せて、肩に回す腕に少しだけ力を込めた。
この時間が、レイザにとっても癒しになっていたら嬉しい……。
彼に身をゆだねていると、高揚感と共に安心感を感じる。
(私もそんな存在になりたい)
身長と年齢は追いつくことは、できないけれど――。
どういう巡り合わせでか、神殿長のナディア・タスカとのダンスを終えたコタロウ・サンフィールドは、いまだ緊張したまま壁際の椅子にドサッと座り込んだ。
ぼーっとしていると、目の前に爽やかな香りのするグラスが差し出される。
「ちゃんと踊れていましたね。さすがです」
と、微笑むベルティルデ。
「ちゃんとっていうか……頭ン中真っ白っていうか……足、踏まなくてよかったよ」
苦笑しながらグラスを受け取るコタロウに、ベルティルデはくすくす笑った。
「コタロウさんは器用だって聞きましたよ」
誰からとは言わなかったが、おそらくリックあたりだろうとコタロウは思った。
「新しいお仕事もすぐにこなしてしまうそうですね」
「それ、かなり誇張されてる。でも……前にもチラッと言ったけど、いつか、自分の船をつくって故郷があった場所に……と言っても海底かもしれないけど、行ってみたいと思ってる」
コタロウの横の椅子に座り、ベルティルデは彼の話に耳を傾けた。
「ただ、ここの連中にはすごく世話になってるんで、恩返しに少なくとも箱船計画が無事に完遂するまでは手伝う予定だし……当分先のことになりそうだけどね」
「コタロウさん達のこと、頼りにしています。もう、あの船しかありませんから」
がんばるよ、と答えたコタロウの脳裏にふと厳しい表情のルース姫の顔が浮かぶ。
思わず苦笑がこぼれた。
ついでに気のせいか、胃の辺りにズンとくるものがあり自然と手で撫でてしまう。
「胃が痛い面もあるけど、姫様の箱船造りに対する鋭いチェックはありがたいなって」
ベルティルデが眉を下げて申し訳なさそうにした。
「あ、誤解しないで。本当にありがたいと思ってるから。だから、まあ何というか、無理はせずに身体に気を付けてほしいなって思うよ」
「ありがとうございます。姫様が聞いたらきっと嬉しく思うでしょう」
「あ、いや、本人には伝えないでね」
慌てるコタロウに対し、ベルティルデは不思議そうに首を傾げた。
「ですが……」
「いいのいいの! 頼むよ」
納得はしていないが、ベルティルデはコタロウの頼みを聞き入れた。
そういえば、と彼女は話題を変える。
「クリエスト、聞いてくださるのですよね?」
「え、ああ、うん。俺にできることなら」
「それでは、わたくしと踊っていただけますか?」
息を飲み、固まってしまうコタロウ。
先日の練習では何度もベルティルデと踊ったが、本番となれば話は別である。
しかし、ここで断れば彼女に恥をかかせてしまう。
「俺でいいなら、よろこんで……」
自信なさげな曖昧な微笑を浮かべたコタロウに、ベルティルデはふわりとした笑みを刷いて手を差し出した。
「一曲、お相手願えますか?」
膝を折り、丁寧に申し込んだリュネ・モルに、ベルティルデは笑顔で応じた。
そしてワルツに身を委ねている時、リュネがしみじみと言った。
「私も若い頃にはぶいぶい言わせていたものでしたが……この年になって若い女性の手を取り、みんなの前で踊るとなりますと……。いやあ、年甲斐もなくドキドキしてしまいます」
「ふふっ。リュネさんは今も素敵ですから、お若い頃はさぞ周りが騒がしかったでしょうね」
嘘か本当かわからないリュネの話を、ベルティルデは真に受けていた。
かといって、今さら言い直す気はなく、リュネはベルティルデを見つめる。
控えめだが、良い作りのネックレスが胸元を飾っていた。
いつもとは違い鎖骨のあたりが大きく開いたドレスから見える肌がまぶしい。
先ほど軽く言ったドキドキが本物になりそうだ。
(この胸のときめきは、もしかして……!)
いやいや落ち着け、落ち着くんだ、と衝動に流されそうになる心をなだめるリュネ。
そんな彼の葛藤など知らず、ベルティルデはリュネに追い打ちをかける。
「わたくしも、好きなんですよ」
突然の告白に、足がもつれそうになるのを根性でこらえる。
リュネの前に数人と踊っていたベルティルデの体は少し熱を持ち、頬はほんのり上気している。
楽し気にきらめく瞳に見上げられ、リュネは……。
(勘違いしていけません。思い出すのです)
唐突に、過去に痛い目にあった自分が警告する。
(女性のやさしさは好意ではないのです。忘れたわけではないでしょう?)
そうでした、と正気を取り戻すリュネ。
そして、それはまさに正解だった。
「野イチゴのジャム。クリームと一緒にビスケットに添えて……たまにする贅沢ですね」
本当に、本当に心の警告に従ってよかったとリュネは思った。
この十数秒間にあった心の中のあれやこれやは綺麗に隠して、リュネは微笑む。
「何かと気を揉むことが多い誰かさんにも、分けてあげてくださいね」
「ええ、もちろんです。楽しみに待ってます」
品良く笑う彼女は、侍女といっても王女付きの侍女だ。それなりの身分のご息女だろうとリュネは思った。
そろそろ曲が終わる。
親子ほど年が離れているとはいえ、相手は王女付きの侍女。たぶん貴族。
失礼はなかっただろうか、と急に不安が沸いて出てくる。
──うん、表面的にはなかったはず……です。
今日はリュネもそうとう気を遣って身なりを整えてきた。
ここまでベルティルデからは、マイナスの反応はない。
当たって砕けろの精神で来たが、砕けてはいないだろう。きっと。
会場の料理は、思った以上においしかった。
豪華ではないが、味が良かった。
持ち帰りはできるのだろうかと考えつつ、皿に取り分けた料理をつついているリベル・オウスの目に、談笑しているベルティルデの姿が映った。
会場を見渡してみたが、主のほうはいないようだ。
リベルは料理をつまみながらベルティルデに声をかけた。
「よぅ」
「あ、リベルさん。いらしてたのですね。お久しぶりです。この前はいろいろとありがとうございました」
「使い勝手はどうだ?」
以前、リベルはベルティルデにお土産を三つあげた。
バラの花びらを乾燥させたいわゆるローズティ。それから砂糖漬け。最後に塗り薬だ。
「おいしかったですし、手もしっとりして香りも良いんです。姫様も驚いてましたよ。本当にありがとうございました」
高評価に、リベルは満足そうに頷く。
金稼ぎの技程度にしか思っていない薬師の技術も、素直に喜んでもらえれば悪い気はしない。
「そういや、あんたは踊れるのか?」
「少しですが」
「ふぅん。侍女ってのはダンスもできなきゃダメなのか?」
「ダメというわけではありませんが、教養の一つとして習うんです。とはいえ、基本の動きの習得程度ですので、後は自分しだいですね」
「じゃあ、別にダンスにお誘いしたい意中の殿方いる……というわけでもないんだな?」
「え、えぇ!? い、いませんよ、そのような方は」
「そんなに慌てると、かえって怪しまれるぞ」
「リベルさんがいきなり変なこと聞くからですよ……」
深呼吸をして気を取り直したベルティルデは、リベルは踊らないのかと尋ねた。
「踊らないっつーか、踊れねぇ。そういうのは貴族や裕福な奴らが覚えるもんだと思ってたし」
それに、リベルはダンスを覚えるような環境にいなかった。
しかし、と彼は考える。
今後、身分問わずさまざまな人と会う機会があるならば、いつどのような場に呼ばれるかわからない。
その時に、何の対応もできずに笑われるくらいなら、ダンスの一つくらい覚えておいたほうがいいのかもしれない……。
と、野心を巡らせたところでリベルは、ベルティルデに基本だけでも教えてもらおうと考えた。
「ええ、いいですよ。基本はワルツですね。……失礼します。まずは、こういう感じで……」
急に接近してきたベルティルデに慌てるも、取られた手を振りほどくことはせず、導かれるに任せた。
「あまり固く考えなくていいんですよ。ステップの基本はありますけれど、要は、二人で音楽に合わせて……」
ベルティルデに合わせて、と意識する前に足が動かされる。
慣れているだけあって、自然にリベルを誘っていく。
「なあ、今後も一応自主練はするから、またいつか一緒に踊って採点してくれると助かる」
「つまり、宿題ということですね? ふふっ、わかりました。その日を楽しみにしていますね」
「それと、今日の授業料に、また新しい薬を持ってくるよ」
「そんな、いいのに……。でも、ありがとうございます。──あ、離れすぎですよ、リベルさん」
会場の片隅で、しばらくの間レッスンが続いた。
リックに手を引かれ、貸しドレスでおめかしをしたイリスは、緊張の面持ちで会場に踏み込んだ。
「大丈夫だよ。王様のパーティーじゃないんだし。みんな知ってる人ばかりなんだから。何か飲もうか」
繋いだ手からイリスの緊張を感じ取ったリックは、甘めのドリンクをイリスに渡した。
ほんのりした甘さが、カチコチになったイリスの肩の力をやわらげていく。
ちらりとリックを見る。
イリスが綺麗なドレスを着ているように、リックも今日は正装している。
(さすが、服に着られている感じが全然ないよね……。わたしは……どうなのかな)
鏡で見た自分は自分じゃないようで、とても恥ずかしかった。
イリスがダンス初心者だと明かすと、リックは「教えてあげる。簡単だよ」と会場の隅に彼女を導いた。
曲はちょうどゆっくりめのワルツだ。
「僕も、特別得意ってわけでもないんだけどね」
そう言ってイリスの手を取り……とたん、二人の距離がグッと縮まった。
イリスの鼓動が跳ね、再び肩がカチコチになっていく。
「あ、あのねリック」
気が付けばイリスの口が動いていた。
「リックはいつ生まれなの?」
「冬だよ。イリスは?」
「わたしは秋」
「いい季節に生まれたんだね」
「そ、そうなのかな……。えっと……この前もらったお花、押し花にしたよ」
「そうなんだ。ありがとう。僕も、あの四つ葉のクローバー、とっといてあるよ」
「うん……わたしも、ありがとう。大事にしてくれて」
あの時言った通り、大切にしてくれていることを嬉しく思った時、イリスは床板ではない何かを踏んでしまっていた。
「ご、ごめんねっ」
「大丈夫。全然痛くないから。ほら、ちゃんと顔上げて。そんなに固く考えなくていいんだよ」
そう言われても、今のイリスにこの距離は心臓に悪かった。
まともにリックの顔を見ることができない。脳みそもいつもとは違う働きをしている。
「ん……あのね、リックは好きな人いるの?」
「……え?」
リックの足が止まり、きょとんとした顔でイリスを見つめる。
「ええと……どうかな。あんまり、考えたことはない、かな」
「ご、ごめん。困らせるつもりじゃなかったの。ただ、わたしのこと、迷惑じゃないかなって……」
「そんなことないよ。どうして、そんなふうに思ったの?」
リックへの気持ちが変わってしまったのは、ブーケをもらった後だ。
まるで世界そのものが別のものになってしまったかのようだった。
何かと過敏になり、今まで気にしなかったことに目が行っては不安になる。
中でも、リックとの身分差はイリスを苦しくさせた。
「イリスのこと、迷惑なんて思ったことないよ。そんなこと言われると、何だか寂しい」
取り残されたようなリックの声に、イリスはハッと顔をあげた。
リックは言葉通り寂しそうにしていた。
「ごめん。慣れない空気に緊張しすぎたみたい。気を取り直して……リック先生、ダンスのご指導お願いします」
ドレスのスカートをつまみ見よう見真似の礼をすると、リックの顔に笑顔が戻った。
──僕の何かがイリスを不安させたのかな?
この時リックは、そんなことを思っていた。
ダンスの熱を少し冷まそうと、ベルティルデは飲み物を手にログハウスの外へ出た。
ゆっくりと足を運んでいると、ベンチに見知った顔を見つけた。
ヴァネッサ・バーネットだ。
向こうもベルティルデに気が付き、親し気に手をあげた。
「こんにちは。ヴァネッサさんも涼みに……というわけではなさそうですね」
ベルティルデは言葉の途中で、ヴァネッサがいつもの白衣姿でいることに気が付いた。膝にはサンドイッチが乗っている。
「ダンスって柄でもないからね。まぁ、座りなよ」
促され、ベルティルデはヴァネッサの隣に腰を下ろした。
「本当にいつも通りの服で来たのですね。もしかしたらドレス姿を見せてくださるかもと思ったのですけれど」
「あははっ。ドレスなんて似合わないよ。あんたはよく似合ってるね」
「もう……そういうこと言ってごまかすつもりですね?」
「そういうわけじゃ……ほら、これ食べてみなよ。なかなかおいしくできてるよ」
「ふふっ。今度はしっかりごまかしに来ましたね。……いただきます」
ベルティルデは、苦笑するヴァネッサの手からサンドイッチを受け取った。
ヴァネッサも新たな一つを手に取り、二人は漏れ聞こえてくる音楽や笑い声を背景にサンドイッチを食べた。
穏やかな静寂は、ヴァネッサの質問で中断される。
「ねぇ、あんたの生まれはいつ?」
「秋です。ヴァネッサさんはいつですか?」
「あたし? あー……あたしも秋、だったかな?」
曖昧な返事に、ベルティルデは首を傾げる。
ヴァネッサは苦笑してわけを話した。
「放浪生活が長かったからねぇ。ちょっと忘れかけてた」
医療術師として僻地に赴き患者を診てきたヴァネッサが、その対話の中で自身の誕生日が話題にあがることなどほとんどなかった。
それを不満に思ったことはないが、ベルティルデを見ていたら少しだけ欲が出た。
「そうだね……もし覚えてたらでいいんだけど、誕生日が来たら祝ってくれるかい?」
「もちろんです」
ベルティルデの顔がパッとほころぶ。
「あんたの誕生日も、祝うよ。きれいな花を探してね」
「楽しみにしています」
社交辞令でないのは、ベルティルデの表情から見て取れる。
「今からプレゼントを考えておかないと」
と、意気込むベルティルデに、ヴァネッサは声を立てて笑う。
「それはいくらなんでもせっかちだろう」
「そんなことはありませんよ。楽しみにしていてくださいね」
何を言っても聞きそうにないベルティルデに肩をすくめながらも、悪い気はしないヴァネッサであった。
日も暮れた集会所にて。
ふと、集中力が途切れてグッと伸びをした時、ドアのノックと共に名前を呼ぶ声があった。
「リルダさん、いる?」
「いるわよ、どうぞ」
聞き覚えのある声に来訪者の顔を思い浮かべると、ドアの隙間から覗いたのは思った通りの顔だった。
「こんばんはー。パーティーの出張配達にまいりましたー」
おどけて言ったトモシ・ファーロに、リルダはクスッと笑う。
椅子を勧めながら、リルダはパーティーの様子を尋ねた。
「とにかく、ドリンクの種類が豊富だった! あれは制覇したくなるね。あ、それと持ってきた料理なんだけど……あっ、ケーキもあるよ。さすがに人気でね、何とか確保できてよかったよ」
「ケーキまであるの? 料理も豪華だし、今夜はごちそうね」
「ついでに俺の誕生日も祝ってくれると嬉しいな」
急な告白にリルダは目を丸くした。
「……え、誕生日? あなたの? ちょっと、何でもっと早くに言ってくれないの? 知ってたら何か用意したのに」
「ありがと。その言葉だけで充分だよ。さ、食べよう」
包みが開かれると、思っていた以上の料理が姿を見せてリルダの食欲を刺激した。
「よくこれだけのものが作れたわね。カヤナさんすごいわ。……あ、飲み物がないわね。ちょっと待ってて」
ほどなくして、リルダは紅茶を運んできた。
「誰かワインでも隠してないかと思ったけど、なかったわ」
「こんなとこに隠す人なんて、よっぽどの豪胆だよ」
「冗談よ。……トモシさん、誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
二人は料理が乗せられた大皿から直接つまんでいった。
あれもおいしいこれもおいしいと食が進む。
そしてある程度腹が満たされた時、話のついでのようにトモシが言った。
「リルダさん、ちゃんと休んでる?」
「ええ、休んでるわよ。特に夜更かしもしてないし」
「うん……そういうんじゃなくて……。今日みたいな催しとかさ、もっと積極的に出てちょっとくらい羽目を外してもいいんだよって話」
リルダは小さな苦笑をこぼした。
「考えなきゃいけないことがたくさんあるのはわかってるけど、がんばった分は休んでいいんだよ。息抜きは悪いことじゃないんだ」
リルダが仕事中毒気味に働くのは、洪水で亡くなった伯父から当主を引き継いだ影響だろうかとトモシは考えたが、本人に直接聞くのはさすがに憚られた。
「何だか心配させちゃったみたいね。確かに考えることは多いけど……そうね、でも、まだまだがんばらなきゃいけないから、トモシさん達にも手伝ってもらおうかな。今よりもう少しだけ」
「もう少しと言わずに」
それには笑ってごまかし、リルダはケーキに手を伸ばした。
「誕生日の人はたっぷり食べてくださいね~」
「いやいや、半分こで。甘いもの苦手なので手伝ってください」
「そうだった……?」
リルダは首を傾げたが、まあ本人がそう言うならと半分に切り分ける。
「そういえば、リルダさんはいつの生まれ?」
「冬よ」
二人のおしゃべりは、二杯目の紅茶が終わった後も続いた。
第2章 秘密のパーティー会場
木々に囲まれた木漏れ日の射す場所に、ラトヴィッジ・オールウィンは、サーナ・シフレアンを誘い出していた。
そこは、子供達の秘密基地のような楽しさを感じる空間。
「どうぞ」
ラトヴィッジはサーナを、椅子に見立てた切り株へと誘って、座らせた。
サーナは不思議そうに、周囲をきょろきょろと見回している。
木々の枝には紐がかけられていて、明るい色の布がリボン風に何個も結ばれていた。
「これ、あなたが飾り付けたの?」
不思議そうに尋ねるサーナに、にっこり微笑んで。
ラトヴィッジは隠してあった花の冠を取り出した。
「誕生日、おめでとう。サーナ」
可愛らしい野の花で作られた冠をサーナの頭に乗せると「ありがとう」と、彼女は少し照れた。
ラトヴィッジはそんなサーナの反応に、くすりと笑みを浮かべた。そして隣に腰かけると、あり合せの食材で作った料理を、テーブルに見立てた切り株の上に広げた。
「……ケーキ、みたい。可愛い。カードも、可愛かった」
それはサンドイッチ用のパンに、葉野菜や、ハーブ、チーズや卵、トマトなどをトッピングして、デコレーションケーキの様に飾り付けたスモーガストルタという料理だった。
ローソクを立てて火をつけると、ラトヴィッジはサーナに吹き消すよう促す。
「うん」
サーナは言われた通り、ローソクの火を吹き消した。
「おめでとう、サーナ」
ラトヴィッジが笑顔でもう一度言うと、サーナはまたちょっとだけ顔を赤らめて、こくりと頷いた。
コップにお茶を注いで、乾杯をしてからラトヴィッジはスモーガストルタを切り分け、サーナへと差し出した。
「ありがとう。ラトヴィッジ……お料理まで出来るなんて、すごい」
サーナはもったいなさそうに、少しずつ口に入れていく。
「美味しい。調味料もないのに、良い味。見かけも綺麗だし」
サーナのその言葉に、ラトヴィッジはほっと安心した。
そして一切れ、自分の口へと運んだ。
ケーキの様な甘さはないけれど、素材の甘酸っぱさに食欲がそそられる。
「ね、ラトヴィッジの誕生日はこれから?」
自分の分を食べ終えて、お茶を飲みながらサーナが尋ねた。
「俺の誕生日はもう過ぎてて、今22歳」
「そうなんだ……知らなかった。ラトヴィッジもおめでとう」
サーナは小さな白い花を一輪つんで、ラトヴィッジの胸に挿した。
「来年はきちんと……」
お祝いできたらいいな。そう言いかけて、サーナは寂しそうに首を左右に振る。
「そうだな」
そんな未来を迎えられるよう、彼女を護り、歩んでいきたい。
ラトヴィッジは決意の宿る眼で、サーナを見詰めながら切り出す。
「もう一つ贈りたいものがある」
「え?」
汚れの無い美しさを持つ彼女の前に跪いて、細く手華奢な手を取った。
そして、その甲に口づける。
「……ラトヴィッジ」
「君の騎士であるという誓い。改めて誓っておきたかったんだ」
サーナはじっとラトヴィッジを見詰めている。
「はは、ちょっと気障だったかな」
ラトヴィッジが恥ずかしげに顔を赤らめると、サーナはもう一方の手を伸ばして、ラトヴィッジの手を包み込んだ。
「ラトヴィッジ・オールウィン。あなたは、私の騎士。最初で最後の私の騎士、です」
言って、サーナは瞳を潤ませる。
だけれど、涙を落とさなかった。
彼が仕える女性として、相応しくありたいと思った。
■執筆担当
1章の* * *までが東谷
* * *から☆ ☆ ☆までが川岸
☆ ☆ ☆以降は冷泉
2章は全て川岸
オープニングストーリー、鈴鹿
■ライターより
こんにちは、ライターの東谷です。
社交ダンスは複雑怪奇ですが、華やかな衣装と情熱的なリズムが、妙に艶めかしくて素敵に思えますね。
皆さんのおかげで、楽しいパーティーになったのではないでしょうか!
こんにちは、川岸です。
ダンスパーティーについて調べていたら、踊ってみたくなってしまいました。
でも鍋やピクニックと違い、流石に無理だよなぁと妄想で我慢しています。
今回もNPCのお誘いありがとうございました! 次回から形式が変わりますが、引き続き楽しんでいただけましたら幸いです。
こんにちは、一部を担当しました冷泉です。
ダンスなんてジンギスカンとかマイムマイムくらいしかやったことないですが、テレビ等で見るプロのダンスは本当に素晴らしいです。
アルゼンチンタンゴなんてゾクゾクします。
特に女性のあの高さのヒールでの足技の連続なんて見た日には……!
……長くなりそうなので、終了しますね。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました!