メインシナリオ/グランド第3回
『あなたのための希望のうた 第3話』



◆第一章 風よ、清めよ!
 マテオ・テーペ登山日の早朝、集合場所である水の神殿前に有志十数人が集まっていた。
 前日に行われた打ち合わせでプティ・シナバーローズが提案した通り、各自水や杖を持ってきている。
 集団の引率は魔法学校教師のハビ・サンブラノが行うことになっていた。
 参加者名簿の照合を終えたハビは、晴れやかな表情で一行を見渡す。
「皆さん、朝早くから集まってくれてありがとう。天気も良くて絶好の登山日よりだね」
 天気が一定であるここでは良いも悪いもないのだが、ハビは気分を出すためにあえてそう言った。
「──さて、忘れ物はないかな? なければ出発しよう」
 彼の目が巨大な岩の柱へ向くと、一行もこれから登る場所を見上げる。
 ここからマテオ・テーペへは、短い林道を抜けていく。
 てっぺんには正午くらいに着く予定だ。
「じゃあ、行こうか」
 ハビの呼びかけで一行は歩き出した。

 薄暗い林道を出ると、次第にむき出しの岩場が目立つようになり、ゆるやかな上り坂が始まった。
 先頭を歩くのはマジェリア・カンナイである。
 今日はできるかぎりの軽装での参加だ。
(今のところはたいしたことのない坂道だけど……)
 少し先を見ればすぐに角度のある斜面になっていた。
 さらに、はるか昔に崩れ落ちたと思われる大小さまざまな岩がごろごろ転がっている。
(まさか、登ってる最中に崩れたりしないよね?)
 マジェリアの脳裏に惨事が浮かびかけ──慌てて追い払った。
 そして、目の前にしたマテオ・テーペはいっそう迫って来るものがあった。
「すごい迫力だね。イリス、途中できつくなったら言ってね」
「うん。リックもだよ」
 リック・ソリアーノとイリス・リーネルトは互いを気遣う。
 念願叶ったイリスの足取りは軽い。ずっとこの不思議な形の岩山に憧れてきたのだ。
 しかも今日はリックも誘いに応じてくれて、特別な一日になりそうな予感がしていた。
 二人は水属性なのでサポート要員として参加している。
 彼らが背負っているリュックには、休憩時に食べるためのものが詰まっていた。また、途中で水筒の水が切れた人のために役に立つこともできるだろう。
 マジェリアは年下の二人の会話を背中で聞きながら、無理をさせないように気をつけないと、と心に留ておいた。
 頂上へ至る道は登山道とは名ばかりの、ほとんど何もない坂道であった。
 かろうじて昔に人が登っていたと思われる名残がある程度だった。それが螺旋を描き頂上へ続いている。
「先は長いからゆっくりな。それと、慎重に行くぞ」
 プティの声に、一行は気を引き締めて登山道へと踏み出した。
 登り始めてしばらくは何もなかったが、やがて報告通り崖崩れで道が崩落している箇所が現れ、その時はマジェリアとリュネ・モルが造船所から借りてきたロープや板で簡単な補強が行われた。
「後できちんと整備してもらわないといけませんね」
「そうですね……素人がやったものですから」
「とりあえず行き帰りがもてばいい」
 リュネ、マジェリア、プティは道具を片付けた。
「できれば、こういったことはあまりないほうがいいですね。板とロープが足りるかどうか」
 台車で運んで来てはいるが、量には限りがある。リュネもマジェリアも体力があるほうではないのでなおさらだ。
 補強箇所を慎重に通過し、一行は黙々と山道を登った。
 休憩のタイミングはプティにハビ、ヴァネッサ・バーネットがメンバーや自身の疲労具合からはかってこまめに入れていた。
 ところどころ平らに開けた場所もあり、そういうところで足を止めてはだんだん高くなっていく景色を楽しんだ。

イラスト:じゅボンバー
イラスト:じゅボンバー

 二度目の休憩時、ステラ・ティフォーネは額にハンカチを押し当てながらぼんやりと景色を眺めていた。
 水の神殿を囲む森の向こうに、領主の館の屋根が見える。
 自分の部屋の位置と、よく行く庭を確かめていると、
「よぅ、まだ行けるか?」
 ぶっきらぼうな声をかけられた。
 声の主は最後尾にいたプティだった。
 ステラはゆるく笑みを返す。
「整備されていない坂道はなかなかしんどいものですね……。ですが、まだ行けますよ」
「きつくなったら言えよ」
「ええ、ありがとう」
 会話は終わり、立ち去るかと思ったプティだったが、少しためらった後にステラが腰かけている幅のある岩に自身も浅く腰を下ろして尋ねた。
「答えたくなければそれでいいんだけど、よくこんなきつい岩山を登ろうなんて思ったよな。見るからにお屋敷のお嬢様って感じなのに。野外病院でも、熱心に働いててさ」
「それは褒めてくださってるのでしょうか?」
「い、いや、褒めてるっつーか……あんた、貴族だろ?」
 ステラはプティが言わんとすることを何となく理解した。
 それはもしかしたらプティ自身の疑問というよりも、ステラの行動を見た庶民の疑問かもしれなかった。
 ここの貴族は、積極的に姿を見せて活動することがほとんどないから。
「ささやかながら、貴族の名誉挽回、といったところでしょうか」
「……そっか」
「今さらかもしれませんけれどね」
「いや、つまんねぇこと聞いた。忘れてくれ」
「いいえ、私こそ意地悪な返事をしてごめんなさいね」
 二人はどちらからともなく苦笑を浮かべ合った。
 やがて再び一行は頂上を目指し始めた。
 相変わらず足場は悪いが、今までより道幅は広い。
 これなら滑落の心配はいらない……と思った矢先に、複数の岩が半分ほど道をふさいでいるのに出くわしてしまった。
 立ち止まったマジェリアは、困り顔で振り向いた。
「道がふさがれています……どうします? 気をつければ行けそうですけど、私としては落としたほうがいいかなと」
 岩の大きさはそれほど大きいというわけではない。
 ハビとプティが様子を見に来る。
 二人は岩の大きさと数、どれくらいの範囲に転がっているのかをざっと見て見当を付けた。
「落とすか。無理して通らないほうがいいだろう」
「そうだね。思わぬ怪我につながるかもしれないし」
 プティとハビもマジェリアと同意見のようだ。
「小さいものならあたしが何とかするよ」
 地属性のヴァネッサがそう請け負ってくれたので、全員で邪魔な岩をどかす作業にとりかかった。
「重ければこれを使いましょう」
 リュネが台車からまだ残っていた板を担ぎ上げた。
 てこの原理を用いようというわけである。
「リュネさん、あまり無理しないでくださいね。ちょっと前に腰がどうとか言ってたでしょう」
「おや、これは恥ずかしいことをお耳に入れてしまいました。今はもう治っていますよ」
「すみません、フレンさんが話していたのがたまたま聞こえてしまって……」
 恐縮するマジェリアに、リュネは気にしないでくださいと微笑み、話の出どころのフレンに心の中で苦笑した。おそらく温泉があるところの休憩所の一角に花壇を作った時のことを話していたのだろう。
 そして少し時間はとられてしまったが、岩は取り除かれ、石ころなどはヴァネッサが魔法で移動させ、安全が確保された。
「あのままでも通れたかもしれませんけど、帰りもありますからね」
「そうそう。一仕事終えて気が緩んでるだろうからね」
 きれいになった道に、マジェリアとヴァネッサが満足そうに頷きあった。
 そこからは今度こそ何事もなく、ついに一人の脱落者も出さずに一行は頂上へ到着した。
 平らな頂は広く、丸く、直径は100mくらいはありそうだ。
「わぁ……!」
 景色を一望したイリスが感嘆の声をあげる。
 その隣では、リックもぽかんと言葉もなく立ち尽くしていた。
 手前に造船所があるエーヴァカリーナ池が広がり、畑地帯、森、その向こうに港町。
「……」
 けれど、もう一つのものを見た時、イリスもリックも表情を微妙なものに変えてしまった。
 本来なら、はるかに続く水平線。
 閉ざされていることが、いやでも認識させられてしまった。
 反対側には魔法学校があり、 果てが見えない森が広がっているはず──なのだが、見なくてもわかる。
 きっと、不自然に途切れていることが。
「何とか着いたか……」
「プティ、ご苦労さん」
 最後に登りきったプティをハビが迎えた。
「君がいろいろ注意を飛ばしてくれたから、怪我人もなくここまで来れたよ」
「いや、マジェリアのペースも良かったんだ。あいつ自身、慣れてないのが幸いしたな。けど、造船所のほうは大丈夫なのか?」
「ああ、リュネに聞いてみたんだけど、寝込んでる人は少ないようで遅れはほとんどないってさ」
「ならいいけど。じゃあ、さっそくやるか?」
「いや、少し休もう。イリス達が軽く食べられるものを持ってきてくれてるし、俺も預かってるものがあるんだ」
 と、ハビはリュックを指さす。
 リエル・オルトが持たせてくれたものだ。
 港町でカフェ兼酒場を営む忙しい中、わざわざ作って来てくれたのだった。
「確かに、疲れたままじゃ力は出ねぇか」
「そういうこと。さ、食べよう」
 こうして一行は体力回復のため、軽く食事をとることになった。
 イリスがリュックから大きな布を取り出し、リックと協力してできるだけ凹凸の少ない場所に広げる。
 それから、ミートパイやナッツマフィンがイリスとリックのリュックから次々と出てくると、みんなの視線はそれらに釘付けになった。
 ハビもまた、リエルが持たせてくれた少し変わったサンドイッチを広げた。
 それはパンに挟んであるのではなく、厚めのパンに切り込みをいれて袋状にしたものに、具材を詰めたものだった。具材はハムやベーコンを野菜とキノコと一緒に炒めたものだ。
「ミントティーもあるよ」
 イリスのミントティーは、道中でもその清涼感で疲れを癒してくれたものだ。
 こうして敷物の真ん中においしそうに並べられ、全員でそれを囲んでしばし休息をとることになった。
「ちょっと濃い味の具がいいねぇ」
「汗かいた後はこういう味がほしくなる」
 ヴァネッサとハビはリエルのサンドパンに舌鼓を打ち、ステラとマジェリア、リュネはナッツマフィンのやわらかい甘さに安堵した。
「ふぅ……たとえ明日、筋肉痛で体がガチガチになろうとも後悔はありませんね。こんなに見晴らしの良いところでお弁当を食べる機会なんて、滅多にありませんからね」
「境界線は、無粋でもあり神秘的でもありといったところでしょうか」
 リュネの感想に、ステラがわずかに声に皮肉を乗せて返した。
「海の底ですからね。何とも不思議なものです。……そうだ、マジェリアさん。ちょっと思ったのですが」
 マジェリアは口をもぐもぐさせながら、目でリュネに応じた。
 リュネは話を続ける。
「今回のことは、万が一箱船の動力が停止してしまった時、帆に風を送って進むのに役立ちませんか?」
「え!? 動力が?」
 口の中のものを飲み込んだマジェリアは、目をまん丸にした。
「万が一の話ですよ。もちろん、そんなことが起こっては困ります」
「ああ、万が一ですね。そうですね……確かに、そんなことになったらそうするしかないでしょうね」
「風があれば、その風を利用することもできるでしょうけれどね」
 凪いだ海で前にも後ろにも進めなくなった船の話を、ステラは思い出した。
 箱船は出航したら何もかもがうまくいくのではなく、新たな困難の始まりであることを改めて認識した。
 イリスとプティ、リックはミートパイにかぶりついていた。
「これ、一人で全部作ったのか? たいしたもんだ」
 プティの褒め言葉に、イリスははにかんだ笑みを浮かべる。
「家では、わたしが担当してるから」
「そうか。でも、この量は大変だったろ」
「ちょっとね。でも、今日は大事な日だからね」
「……あれ、でも二人の魔法は……」
 風属性ではなかったはず、と思ったプティにイリスとリックは顔を見合わせてクスッと笑いあう。
 どうやら何か考えがあるようだ。
 そして、おいしい食べ物で疲れが取れたところで、いよいよ目的を果たす時間になった。
 風を吹かせる者達が、港町に面した縁にハビを囲むように立つ。
 マジェリア、ステラ、それからハビを含む風魔法に長けた者達だ。
 ハビの手には、Drカーモネーギーがくれた魔力増幅機の小型試作品があった。
「これに触れて風を起こすんだ。そうすると、いつもより強く吹かせることができるんだって」
 彼らの背をヴァネッサが表情を引き締めて見ていた。
「一斉にやるよ。──せーの!」
 ハビの合図に合わせ、港町へ向かって風が吹き下ろされる。
 様子を見ていたリュネの目には、何の変化も映らない。
 マジェリアも風を起こした手ごたえはあったが、町まで届いているのかまではわからなかった。
 戸惑う彼らにヴァネッサが後ろから声をかける。
「何でもそうだけど、『最初のひと押し』ってのはえらく労力がかかるもんでね」
「そういうものですか。では、根気よくやりましょう」
 そう言ったステラにヴァネッサも頷く。
「疲れが見えたらあたしが助けてやる」
 ハビがまた声をあげる。
「じゃあ、いくよ……!」
 何度も何度も風は送られた。
 ヴァネッサは言葉通り、疲れが見えた者に地の魔法で力を送る。
 もしかしたら、ここから風を届かせることは、ここまでの道中よりきついことかもしれなかった。
 けれどその時、じりじりと見守っていたプティは何か違うものを感じた。
「何だろう……動いた……?」
 ぴったりの言葉は見当たらない。とても感覚的なことだからだ。
 そしてこの感覚は、風を吹かせている者達も感じていた。
「ヴァネッサの言った通りだ。最初のひと押しだね。よーし、もう少しがんばるぞー!」
 ハビの声にはずみがつき、マジェリアやステラ達の瞳にも力が戻る。
 イリスとリックは、今がチャンスと計画を実行に移した。
 二人は霧を発生させた。

 お昼少し前、リエルはだるさで床に就いているご近所さんにスープの差し入れを持って行っていた。三十代後半の仕立屋の女性だ。
 マテオ・テーペに登る人達のために作ったお弁当の残り野菜などを使ったものだ。
「そろそろ頂上に着いたかしら」
「着いたかもしれませんね。窓を開けてみましょうか」
 リエルはベッド横の窓を開けた。
 二人でじっと窓の外、空を見上げる。
 ここは道が入り組んでいるので、窓を開けても向かいの家の煉瓦壁があるだけだ。けれど、ちょっと覗き込めば細長く見える空がある。
「あ……」
 どちらがあげた声だっただろうか。
 頬にそよりと触れるものがあった。
 間隔を置いて、そよそよと風が吹いている。
「とても懐かしいわ……」
「本当ですね。今まであまり気にしていなかったけど、風が吹くってこんなに気持ちの良いものだったんだ……。あ、あれ? ねえ、あれ、虹じゃないですか?」
「虹? そんなまさか」
 二人は顔をくっつけるようにして空を凝視する。
「よく見えないわね。外に出てみましょう」
「だ、大丈夫ですか?」
「少しくらい平気よ」
 リエルは女性を支えるようにしながら、一緒に外に出た。もっと空が見えるところへ。
 すると、確かにかすかに虹があった。
 やがて他の家からも気づいた人がちらほら出てきて、ざわめきが広がっていった。
「水の魔術師が一緒にいたのかなぁ」
 帰って来たら聞いてみよう、とリエルは思った。

 

☆  ☆  ☆


 その頃、魔法研究所の一室では、Drカーモネーギーが警備隊隊長のバート・カスタルから水の魔術師が殺害された時のことを聞かれていた。
 もっとも、答えられることなどないに等しい。
 Drカーモネーギーは、悲鳴を聞いて駆けつけただけだし、その時彼女が神殿の奥の間にいたことは神殿長のナディア・タスカはじめ多数の魔術師が保証している。
「もう戻ってもいいネギか?」
「ああ、そうだね。時間を取らせてすまな──」
 バートが言いかけた時、部屋の外が騒がしくなった。歓声のようなものが聞こえる。
 何事かと二人で部屋を出ると、研究員がやや興奮気味に駆け寄ってきて言った。
「風が吹いていますよ! ふふ、やりましたね。ドクターの試作品のおかげでしょうか」
「当然ネギ」
 胸を張るDrカーモネーギー
 さらには虹も出ていると聞き、ふだんは室内にこもりっぱなしの研究者達がわらわらと外に出て空を仰いだ。
「よし、やるか」
 爽やかな風ときれいな虹に元気づけられ、バートは一時疲れを忘れた。

◆第二章 終わらない難題
 マテオ・テーペに風が吹いた翌日。
 この風の効果はたいしたもので、野外病院でも町の診療所でも、患者がかなり回復したのだ。
 これにより風を送る活動は、定期的に行われることになった。
 そんな中、クラムジー・カープは再び領主の館を訪ねていた。

「仕官、ですか」
 応接室で、クラムジーから訪問の用件とその理由を聞いたアシル・メイユールは驚いていた。
 一方クラムジーは真剣な表情で頷く。
「もちろん本気でおっしゃっているのですよね?」
「ええ。私は冗談はあまり得意ではないので」
「では、それが叶うことも叶った後も、あなたにとってとても難しいということも?」
 クラムジーは黙って頷く。
 そうですか、とアシルは言葉を切った。
 それから考えをまとめながらゆっくりと話し出す。
「私個人としてはあなたの申し出はとてもありがたく思います。問題は、この館に貴族や騎士以外の身分であるあなたが出入りすることを、ここで暮らしている方々が認めるかどうかです」
 平民にもさまざまな者がいるが、貴族もそれは同様で、身分に無頓着なフレン・ソリアーノのような者もいれば平民というだけで下に見る者もいる。
 そして貴族の場合、フレンのような者は少数派なのだ。
「そうですね……皆が納得できるような何かがないか、考えてみましょう」
「あと、それと……」
 クラムジーは、Drカーモネーギーの待遇について尋ねた。
「先日も風を吹かせるのに貢献したと聞きました。もっと良い環境を与えてもいいのではないでしょうか?」
 アシルは、神殿にある魔法具はウォテュラ王国からもたらされたものであることを告げた。
「所長のジョージもあの魔法具について研究は進めているのですが、実態はよくわからないそうなのです。つまり、よくわからないけれど使い方はわかっているので使っている、ということです。そういうものですから、うかつにいじりたくないと彼は言っていました。魔法鉱石も有限ですから」
 魔法具を作った王国はもうない。
「ルース姫は……」
「彼女も多少は魔法具の知識はあるそうですが、ジョージに遠く及びません」
 その時、ドアが控えめにノックされた。
「お話し中のところすみません。少々問題が起きまして……」
 騎士団長アイザック・マクガヴァンの声だった。
 アシルはクラムジーに断りを入れると席を立ち、ドアを開いた。
「どうしました?」
「実は、あのお方のアレがまた始まりまして……」
 困り顔で告げられた内容に、アシルはやや疲れたようなため息をこぼした。
「このタイミングで始まってしまいましたか。困りましたね……先の倉庫襲撃の補填で厳しいこの時期に……」
「何とか言い聞かせましょうか?」
「以前、それで失敗したではないですか。あのお方の本当の目的は気晴らしでしょう」
「では、いつものように?」
「仕方ありませんね……」
 言いかけたアシルの言葉が不意に途切れ、何かを思いついたようにクラムジーを振り返った。
 先ほどから二人の会話は聞こえていてもさっぱり意味がわからなかったクラムジーは、突然見つめられてきょとんとした。
「団長、ちょっとこちらへ」
 アシルはアイザックを部屋に引き入れ、ドアを閉める。
 そして座るように促すと、自身も元の位置に腰を下ろして話し始めた。
「この館に国内外の貴族が暮らしていることはすでにご存知ですね。その中に、私の恩人であるオージェ侯爵の妻子がいらっしゃいます」
 クラムジーは、とりあえず話に遅れないように姿勢を正した。
「クローデット夫人とロシェルお嬢様です。ロシェルお嬢様は体が弱く寝込みがちな方でした。静かなこの地で療養していたのです。けれど14歳を迎える頃にはほぼ健康体となり、寝込むこともほとんどなくなりました」
 そして、そんな時に大洪水が発生した。
 ロシェルの体調は再び不安定になり、洪水で夫を亡くした夫人は娘までも失うまいと必死に看病した。
 そのかいもあって、医者はロシェルはもう大丈夫だと言うのだが、どうにもこもりがちで夫人もそれに付き添っているのだという。
「クローデット夫人は本来は明るく活発な方なのですが、この二年ですっかり情緒不安定になってしまいました」
 また、箱船に積み込む食糧のために館でも洪水前のような暮らしぶりはできない。
 そんな節約生活へのストレスも加わり、それが頂点に達すると夫人はお茶会を開くようアシルに訴えてくるのだ。
 他の大勢の貴族を味方につけて。
「そのお茶会というのは……」
「当然、お茶とちょっとしたお菓子などというものではなくてな」
 言いよどんだアシルの代わりにアイザックが答えた。
 それはきっと自分達平民からすれば、贅沢パーティーなのだろうとクラムジーは予想した。
 同時に、一部の貴族が贅沢三昧だという噂の出どころもここなのだろうと察した。
 だが、何故そのようなことを自分に聞かせるのかがわからない。
 クラムジーはじっと話の続きを待った。
「クラムジーさん、あなたに今度のお茶会の采配を任せます」
「………………はい?」
 クラムジーの口から、何とも間抜けな声が出た。
「お茶会でクローデット夫人を満足させることができれば、あなたが今後この館に出入りすることを表立って咎める人はいないでしょう」
「ちょっと待ってください。貴族の方のお茶会の采配など、やったことはもちろんお茶会の様子を見たこともないのですが……」
「ええ。難しいことは充分わかっていますが、これが一番近道です」
 クラムジーは助けを求めるようにアイザックを見やる。
 しかし、味方になってくれそうな様子はなかった。
「クローデット夫人は、ここで暮らす貴族方の中でも上位に位置する方だ。アシル様の恩人のご家族だからね」
「え、えぇと……」
「たった一人で放り出すようなことはしません。私や団長、執事のエドモンドがサポートします」
 クラムジーがしどろもどろになっている間に、話はまとまっていく。
「ルース姫にも出席していただきましょう。場所は庭で良いですね」
 断ることもできるだろう。
 ただし、その場合は仕官自体がなくなることになる。
 試験とも言えるこれに挑むか、仕官は諦めて別の道を探すか、クラムジーは悩んだ。

 

☆  ☆  ☆


 魔法研究所に壊れた魔法具が運び込まれた。
 今日もマテオ・テーペの頂から風を吹かせるのに役立っていた魔法具だ。
 製作者であるDrカーモネーギーが調べる傍らで、ハビが申し訳なさそうに立っていた。
 作業台には他に、所長のジョージ・インス、ナディア、オーマ・ペテテ、エリカ・パハーレが囲んでいる。
 ナディアがいるのはDrカーモネーギーと神殿の魔法具について話し合っていたためだ。
「ふむ……負荷に耐えきれなかったネギね」
「あの……ごめんね、壊しちゃって。乱暴に扱ったわけじゃないんだけど」
「気にすることはないネギ。これは試作品だから、もともと大きな負荷に耐えられるようにはできていないネギ。それに、もっとちゃんと壊れ方を調べれば、神殿のほうの改良にも繋がるネギ」
 水の神殿にある魔法具が非常に複雑で精密な構造であることを理解したDrカーモネーギーは、いきなり手を加えることはせず、もっと簡単な構造のミニチュアを作り、ここから目的のものの開発を目指すことにした。
「それに、肝心の部分は生きているから、そんなに嘆く必要はないネギ」
「そうなんだ、良かった。それにしても、すぐにこんなものを作れちゃうなんてすごいね」
「吾輩は天才であるからしてネギ」
 素直に感心するハビに、Drカーモネーギーは当然のように言った。
「ふむ、この分だと思ったより早いうちに完成しそうかのぅ。オーマのほうはどうじゃ?」
 ジョージは、壊れた魔法具を熱心に見ているオーマへ声をかけた。
「今朝、人工太陽の打ち上げにエリカも来てくれて、終わってから射出機を見てもらったんだけど、月の打ち上げ自体は魔法具に送る魔力を少なくすることで可能らしいんだ。問題は魔法具の耐久力……だよね?」
 オーマがエリカを見ると、彼女は難しい表情で頷いた。
「特に射出口の摩擦による消耗が心配だよ。溶けるか、あるいは過熱して発火するか」
「じゃあ、熱よりも発光にウェートを置いた魔力の込め方はできないかな?」
「う~ん……魔法で熱と光を分離させて発動させることはできないんだよね。新しい魔法具を作るしかないかなぁ。とはいえ、ゼロから作るとなると完成にはだいぶ時間かかっちゃうし、使い捨てにはしたくないし……やっぱ、あの射出機を利用するしかないと思う」
「改造ってこと?」
「うん、そんなとこ。これならそんなに時間かからないと思うし、実験する時は付き合ってくれるよね?」
「もちろん。それと、色違いの月についてはどう?」
 とたん、エリカは微妙に口元を歪めた。
「できないことはないと思うけど、何年もかかると思う。それに、話を聞く限り冗談で言ったんじゃないかなぁ」
「ま、まぁ、そんな雰囲気ではあったけどね……。それなら、月の満ち欠けは?」
「そういう複雑なことはできないと思う。研究者として、こう言うのは悔しいけどね」
 エリカは苦笑して肩をすくめた。
 彼女自身も満ち欠けを表現できれば、より風情があるだろうと思っていたが、現状では無理なこともわかっていた。
 聞き終えたジョージが後を引き取った。
「では、最初の実験はいつ頃行うかの?」
「一ヶ月後くらいで。夕方に旧天文塔に上って打ち上げてみよう。オーマ君、時間あけておいてね」
「わかった」
 魔力コントロールを間違えないようにしなくては、とオーマは日々の鍛錬の継続を改めて決意した。
 二人のやり取りを聞いていたナディアも、月の打ち上げには期待していた。
 これで趣味の占いもよりそれらしく……というのは、彼女の胸の内に秘めておく。
 そして、Drカーモネーギーへと向き直る。
「では、Drカーモネーギーさん。先ほどお話しいただいた魔力変換実験ですが、ちょうど人もおりますしさっそく試してみますか?」
「それがいいネギ」
 Drカーモネーギーはオーマとハビに手伝ってもらい、突起のついた箱型の魔法具を外に運び出した。大きさは縦横50cmくらいあった。
 芝生の上に置かれた木箱をしげしげと見つめる面々。
 外観からは何の箱なのか予測できない。
 Drカーモネーギーは、実験内容の説明を始めた。
「これは水の魔力以外の魔力を水の魔力に変換し、何の魔術師であろうと障壁用の水の魔力生成に協力できるようにするための魔法具ネギ」
「へぇ、火属性の俺でもそれを通せば水属性の魔法を使えるようになるってことか」
「そんなとこネギ。けど、これは神殿の魔法具に接続するから、障壁の強化以外には使えないネギ」
「完成したとして、悪用されないように厳重な管理が必要なのです」
 オーマに答えたDrカーモネーギーの後にナディアが付け足した。
「今は水の魔力に変換されたら、水を呼び寄せるようにしてあるネギ。それじゃあ、突起に触れて魔力を込めるネギ」
 実験に参加したのはオーマとハビだ。地属性はいないが、今の段階ではこれで充分だった。
 二人は半信半疑ながらも突起に触れて魔力を込め始めた。
 箱の中から静かな駆動音が聞こえだす。
 手を触れている二人には、かすかな振動が伝わってきた。
 Drカーモネーギーからこの魔法具の提案を聞いた時、ナディアはとてもじゃないが作れないだろうと思っていた。
 ここはとにかく物資が限られている。
 そんな都合のよいものは無理だ、と諦めていた。
 けれど、たびたびジョージと神殿の奥の間を訪ねては設計図とにらめっこしながら意見を交わし合う姿を見ているうちに、考えが変わってきていた。
 この画期的な魔法具が完成するかどうか、こっそり占ったこともある。
 だから、この実験で少しでも良い結果が出るよう祈った。
 しばらくオーマとハビは魔力を注ぎ続けていたが、やがて疲れを見せ始めた。
 Drカーモネーギーも首を傾げ、試作品の様子を見に近づいた。
「二人とも、もういいネギ」
 箱の下の方を見た後、Drカーモネーギーが言った。
 オーマとハビは力を抜き、大きく息を吐いた。
「どうだったの?」
「……ま、こんなものネギ」
 オーマに答えたDrカーモネーギーだったが、表情は渋い
 しかし、さすがに説明不足と思ったのか、彼女はぐるぐる眼鏡の位置を直して言った。
「このままじゃ使い物にならないことがわかったネギ」
「というと?」
「変換自体は成功したネギ。けど、魔術師への負担が大きすぎるネギ。それに、魔法具への負荷もかかりすぎネギ。さらに、その割に成果が少ないネギ!」
 話しているうちに悔しさが増してきたのか、声が大きくなっていった。
 試作品は再び室内に戻され、Drカーモネーギーはすぐに調整に取り掛かった。
「では、私も神殿に戻りますね。いろいろと楽しみが増えました」
 ナディアは優雅に会釈すると研究所を後にした。

 ナディアが神殿の奥の間に戻ると、エリス・アップルトンが来ていてベルティルデ・バイエルから魔法具に魔力を注ぐ際の手ほどきを受けていた。
 ナディアは足早に二人に近づき、声をかけた。
「遅れてしまってごめんなさい。エリスさん、ようこそ。これからよろしくお願いしますね」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
 エリスは深々とお辞儀をした。
「気楽になさってください。エリスさんは実際に魔法具に触れたことはありますか?」
「いいえ……学校の授業で説明を聞いたくらいです」
「それで充分です。ベルティルデさんからだいたいのお話は聞いたのですよね?」
 エリスが頷くと、ナディアは彼女を中央で淡く輝く魔法具の前に導いた。
「では、さっそくやってみましょう」
 エリスはごくりと唾を飲み込む。
「疲れを感じたら休んでくださいね」
 ナディアとは反対側にベルティルデも立ち、エリスにやさしく微笑みかけた。
「わたくしもついていますし、エリスさんなら何の心配もいりませんよ」
 エリスは深呼吸をすると、大きな水晶球が乗る台座にはめ込まれている玉に触れた。
 すべては、箱船で航海に出た時のため──。
 意識を集中して魔力を送ると、玉に触れた手がほんのり温かくなったような気がした。
 感覚としては、普通に魔法を使っているのと同じものだ。
 しかし、授業や日常で使う魔法に始まりと終わりがあるのに対し、この障壁維持にはそれがない。
 一度張り巡らせた障壁は、ここが海上に出るなりしないうちには解除することができないのだ。
 人がいなければ誰かが休むことなく続けなくてはならない。
(やると決めた以上、倒れるわけにはいかない)
 エリスは自身の疲労感に注意しながら、魔力を注ぎ続けた。
 それから約一時間後、エリスは休憩するように言われた。
 まだそれほど疲れは感じていなかったが、ナディアの指示に従うことにした。
 奥の間を出てエントランスへ出る。
 とたん、肩のあたりにどっと疲れを感じた。
 かなり緊張していたようだ。
「お水、飲みますか?」
 突然後ろから声をかけられ、ビクッと肩を震わせる。
 振り向くと、水筒を持ったベルティルデがいた。
「驚かせてしまってすみません」
「いえ、わたしこそ、ぼーっとしていて」
 座って休みましょう、というベルティルデに誘われるまま、エントランスの隅に腰を下ろす。
 水筒の水をお礼を言って一口もらうと、すがすがしい冷たさが体を巡っていくのがわかった。
 それからエリスは、障壁についての疑問をベルティルデに尋ねた。
「たとえばなんですけど、障壁に巡らされている力の方向を変化させることは可能なのでしょうか?」
「えぇと、それはどういう……?」
 首を傾げるベルティルデに、エリスは慌てて言い直す。
「いえ、もし障壁を円柱のように縦に長いものにできれば、水面まで到達できたりとかしないかなと」
「そうですね……もっとたくさんの魔術師がいればあるいは……。今の形なのは、魔術師の力の問題もありますが、障壁を形作るのにバランスを取りやすいからというのもあるんです。どの方向にもほぼ均等に力を送ればいいのですから。それに……」
「水面がどこにあるかもわからない……ですよね?」
「はい……」
「すみません、この話は忘れてください……」
 軽はずみなことを言ってしまった、と恥じたエリスはうつむいてしまう。
「いいえ、可能性の一つとして覚えておきましょう。ですから、顔を上げてください」
 ベルティルデはやわらかく言った。

 

☆  ☆  ☆


 神殿で水の魔術師が何者かに殺害されたという話は、どこからともなく広まり人々の胸に冷たいかたまりを落とした。
 コタロウ・サンフィールドにもその話は届いていたが、彼はその話題には触れず箱船の進捗状況をフレンに聞いていた。
 フレンもまた、事件のことを自分から話題にすることはしなかった。
「ところで所長、今さらかもしれませんが……」
 日々造船所で精を出し、造船のノウハウを学んでいたコタロウは気づいたことがあった。
「この船の大きさじゃあ、ここの人全員は乗れません……よね?」
「ああ……乗れねぇな。せいぜい150……多くて160人ってとこだ」
 コタロウは納得したように頷く。
「やっぱりね。じゃあ、調査期間は? 保存食だって限度があるでしょう?」
「調査期間は一年間を予定している。移住できそうな島が見つかっても見つからなくても、一度帰還することになっている」
「そっか……。うん、わかった。それじゃ、今一番優先しなきゃいけない作業は……」
 言いかけた時、ルースのとんがった声が聞こえてきた。
 どうやら今日は進捗確認の日だったようだ。
 後ろでベルティルデが苦笑している。
 ルースはフレンを見つけると、苛立ちをぶつけるように状況を尋ねた。機嫌が悪いようだ。
 二人が話している間、コタロウは控えていたベルティルデにどうしたのかと聞いた。
 ベルティルデは声を落として答えた。
「この前の魔術師殺害のことです」
「ああ……。まだ何もわからないの?」
「ええ。警備隊が調べていますが、手がかりが少ないとかで」
「そうなんだ。何だってそんなことをするんだろう。そんな暇があるならこっちを手伝ってほしいよ」
 ぼやくように言ったコタロウに、ベルティルデはクスッと笑った。
「ところで、さっき所長から箱船のことを聞いたんだけど……」
 コタロウは乗船人数や調査期間が一年間であることなどを話した。
「ルース姫は知ってるの?」
「はい、知ってます。姫様はいつも、ご自身のお役目を果たすことばかり考えておられて……」
 ベルティルデは言葉を途切れさせ、心配するような、申し訳なさそうな表情でルースを見つめた。
「……それじゃ、姫が信頼してくれるような船に仕上げなくちゃね」
「頼りにしてます」
 二人の和やかな空気をぶち壊すようにルースの怒りの声が轟いた。
「まったくもう、ふがいない騎士達なんだから!」
 自然鎮火するまで放っておくしかないだろう、とコタロウ達は諦めた。
 その時、静かだが力のある声がルースを呼んだ。
 見ると、造船所の外でルースを待っているはずの近衛隊隊長のサスキア・モルダーだった。
「姫様にお会いしたい者が来ています」
「……誰?」
「いつぞやの変わった侵入者です」
 苦笑混じりに言うサスキア。
 ルースは訝し気に眉を寄せる。
 しかしやがて、背の高い紅い髪の青年の姿がもやもやと思い出されてきた。
「……何しに来たの?」
「姫様とお話ししたいことがあるそうです。お会いになりますか?」
「……ま、いいわ。呼んでちょうだい」
「じゃあ、俺はこれで……」
 遠慮しようとしたコタロウだったが、何故かルースにここにいるように言われた。
「いいのかな? 客人だろ?」
「人がいてできないような話なら、胡散臭い内容に決まってるわ」
 決めつけるように言ったルースの言葉に疑問を感じなくもなかったが、コタロウは黙ってそこに残った。
 ちなみにフレンはいつの間にかいなくなっていた。
 そして出入り口に向かってサスキアが声をかけると、ルースの頭に浮かんだとおりの青年が顔を覗かせた。マティアス・ リングホルムである。
 何か用? と、つっけんどんに言うルースにマティアスは、自分も人のことは言えないけど、この態度はいけないなと内心で苦笑した。
「姫さんは視察か?」
「そうよ。また生ぬるいものを作ろうとしてないか見に来たのよ」
「熱心だな」
「当たり前じゃない。箱船には私の命を預けるのよ。半端な仕事をされたせいで死ぬなんて、とんでもないわ。それに、計画が失敗するってことは、ここの人達も死ぬってことよ。そこのとこ、よーく理解して本気で仕事に励んでほしいわね」
 ルースに睨まれ、悪いことはしていないのにコタロウは一歩引いてしまった。
「そっか、そりゃそうだな。けど姫さん、そうやってここで働いている人を威嚇するのは良くないと思うな」
 思わぬ苦言に、ルースはコタロウへ向けたのとは違うきつさの目をマティアスに向け、ベルティルデは軽く息を飲んだ。
「姫さんの目的を果たすために、姫さん自身が周りから良く思われてないってのは不利じゃないのか? もし、指揮をとる人を選べるなら、人柄の良い奴が選ばれるのは当然だろう。あんた、損してるよ」
 ベルティルデとコタロウが頷く。
 コタロウもここで何度かルースを見ているうちに、航海の成功への情熱を頼もしく感じるようになっていた。
「甘い顔をすると……」
「姫様、失礼します」
 ルースの言葉を遮り、ベルティルデが口を開く。
 彼女はマティアスとコタロウに向き直って言った。
「実は今度、領主の館でお茶会が開かれるんです。姫様も招待されています。それで、良かったら皆さんもいらっしゃいませんか?」
 唐突な内容に、マティアスもコタロウもぽかんとベルティルデを見るしかなかった。
「何でしたら、お友達も呼んでくださってかまいませんよ。姫様のご友人だと言えば、誰も何も言いませんでしょうから」
「でも、俺はこの国のモンじゃないけど……」
「あら、お茶会には外国の方もいらっしゃいますよ。何より、姫様もこの国の者ではありませんし」
 助けを求めるコタロウの意志を引き継ぎ、今度はマティアスが言う。
「身分がアウトだろ」
「ですから、姫様のご友人とおっしゃっていただければ充分通用します。念のため、姫様からの招待状をお送りしますので、お誘いしたい方を後で教えてくださいね」
「えーと……招待客の姫さんがさらに招待するって、変じゃないか?」
 マティアスはなおも抵抗を試みる。
「姫様なら問題ありません」
 抵抗は何の意味もなかった。
 不意に、ベルティルデは瞳に憂いを見せた。
「たぶん、嫌な思いをさせてしまうでしょう。ですが、ふだん接することのないお互いを理解する良い機会だと思うのです。このままでは、いけないと思うから……」
 ここで暮らす多くの人が思うように、ベルティルデも身分の違いによる対立感情をどうにかしたいと思っていた。
「そういえば、今度のお茶会は外部の人が采配するとかで、みんな楽しみにしてるのよね」
 思い出したようにルースが口を開いた。
「カープ……といったかしら。知ってる? 何にしろ、大変だと思うわ。嫌味を言うのが生きがいの人達の相手をするんだから。執事がフォローするとは思うけど。何なら助けてあげたら?」
 お茶会そのものにあまり興味がないせいか、わりとどうでもよさそうに言うルースだった。

 

☆  ☆  ☆


 その日、ユリア・ジグモンディはある二人組を探してうらぶれた通りを歩いていた。
 もうだいぶ歩き回っているが、目的の二人はなかなか見つからない。
(今日は諦めましょうか……)
 ため息混じりにそう思った時、曲がり角からひょいと現れた男と出くわした。
「あ……」
 ようやく見つけた、と声をかけようとすると、先に男のほうから呼びかけてきた。
「珍しいなぁ、こんなところに綺麗なねーちゃんが。ちっと色気はねぇが……仕事でも探してんのか? 何なら俺が相手に……」
 ユリアは男の向う脛を蹴りつけた。
「ちょっと見た目を変えただけで、もう私を見忘れましたか?」
「そ、その声は……っ。ちくしょう、あの騎士かよっ」
「ご挨拶ですね。お仲間はその後どうですか。回復しましたか?」
「そんなことをわざわざ聞きに来たのかよ。あいつならクソマズイ薬飲んで寝てるよ」
「そうですか」
 ユリアとしては二人一緒に会いたかったのだが、仕方ないと諦め用件を切り出すことにした。
「実は頼みたいことがあるのです」
 案の定、男は渋面になった。
「頼みたいことだぁ? ……チッ、あんたにはこの前の借りがあるからな。次はもっと色気のある格好してこいよ」
 今のユリアはいつもの鎧を脱ぎ髪型も変えているのだが、何もこの男のためにそうしているわけではない。
 これからする頼み事のために、ラフな服装で来ているだけだ。
 しかしユリアはあえて訂正はせず、話を続けた。
「神殿で水の魔術師が殺された件……」
「ああ、それか。誰がやったか知らねぇが、よりによって神殿の奴を狙うとはな。恐れ入ったぜ。犯人探しでもしてるのか?」
「犯人というよりは、何か事を起こそうとしている者達を」
「へぇ」
 男はニヤニヤしてユリアを見た。
「ま、こそこそしてる奴にはいくつか心当たりはあるが……知ってるか? 犯人候補の一番人気は騎士サマなんだぜ」
 ユリアの表情にふと緊張が走る。
 ここに来る前、普段通りに町の巡回をしたが、そのような視線は感じなかった。
「港町の連中は、基本的に夜中にうろついたりなんしねぇからな。そもそも神殿には警備隊がいるんだ。かよわい俺らがそいつらの目をかいくぐって魔術師を殺すなんて無理だろ」
 俺なんて神殿に近寄ったことすらないぜ、と男は笑った。
 確かに、港町の人が頻繁に神殿行く話は聞いたことがない。あそこに行くのは、ほぼ限られた人達だ。
「……では、その『こそこそしてる奴』というのは?」
「そいつは勘弁してくれ。余計な誤解はされたくねぇんだ」
「それなら、その者達がよく集まる場所はどうですか? それならあなたに迷惑はかけないでしょう?」
 食い下がるユリアに、男はやれやれと肩をすくめた。
「集まる場所はいろいろあるが、あんたが行っても怪しまれねぇとなると……『真砂』かねぇ。あそこの女将さんはいい女でよ、俺もたまに行くんだ。メシもうまいしな。女将さん目当てでいろんな奴が行くから、あんたが知りたい話も聞けるかもしれねぇな」
 ユリアは頭の中で真砂の情報を引っ張り出した。
「ありがとうございます。少ないですがお礼を──」
「いらねぇよ。これでこの前の借りは返したことにしてくれ」
 そう言って、彼は去っていった。

 岩神あづまは今晩、店が終わってからある人物を訪ねてみようと思っていた。
 そして、その準備として知っておきたいことがあり、魔法学校の図書室を訪れたのだが……。
(ん……なさそうですね)
 学校の授業の参考書になりそうなものが大半で、他は何の役に立つのかわからないものばかりだった。
(仕方ありませんね、直接行きましょう)
 あづまは図書室を後にした。

◆第三章 対狼作戦と森林開拓のこと
 ピア・グレイアムの店『ベーカリー・サニー』に、貼り紙が一枚増えた。
 狼への注意を促すものだ。
 畜産農家の家畜が襲われてから、農家全体がピリピリしていた。
 港町のほうではまだ目撃されていないが、もし現れるようになれば事だ。
 貼り紙には、トモシ・ファーロとバートが派遣してくれた隊員ジェンナーロが農家に聞き込みをして調べ上げた、狼の出現日時と場所を記してあった。
 他の案件もあり手が離せないバートが自身の代わりに派遣したジェンナーロは、二十代前半の元気の良い男性だった。
 調査からわかったのは、群れは小規模であるということだった。
 今日は昼過ぎから、被害が一番大きかった農家を訪ね、対策会議を開くことになっている。
 それなりの人数が集まるため、ピアは店の商品の他に差し入れにできそうなパンを作り、せっせとバスケットに詰めていた。
 そして大方の準備が終わった頃、トモシが店に顔を出した。
「こんにちは、そろそろ準備ができたかなと思ったんだけど」
「ええ、ちょうど終わりました。少し早いですけどお客さんもいませんし、お店閉めて出かけましょう」
「外で待ってるよ」
 ピアはしっかり戸締りをするとバスケットを持って店を出た。
「お待たせしました。ジェンナーロさんは先に農家のほうへ?」
「うん。リルダさん達と行くって言ってた。後、他の畜産農家の人も何人か来るみたいだよ」
 二人は途中他愛ない話も交えながら、集合場所の畜産農家を訪れた。
 主人の妻に案内されて部屋に通されると、すでにメンバーが集まっていた。
 主人への挨拶がすむと、さっそく話し合いが始まった。
 最初に、ジェンナーロによる現在集まっている情報のおさらいをする。
「群れは小規模。これは家畜を襲う際に通過したらしい畑の足跡から判断しました。また、狼の他に出没している動物はいないと思われます」
 ジェンナーロが確認するように主人を見ると、彼ははっきりと頷いた。
「他の農家も回ってみたが、被害に遭っているのは家畜だけだった」
 農家にとって動物による作物への被害は、憂慮される問題の一つだ。
 森に動物がどれくらいいるのかはわからないが、狼だけでなくイノシシなども出るようになったらと思うと、主人は胃も頭も痛くなるような心地だった。
 しかし、彼の重い気持ちを払うようにリーリア・ラステインが明るく言う。
「いっぺんに畑のほうもやられたんじゃなくて良かったじゃないか。しっかり対策立てて、二度と襲われないようにしよう」
 リーリアの朗らかさに、主人の表情も若干やわらいだ。
 彼女は続ける。
「旦那から知恵を借りてきたよ。えーと、狼の狩りは七日から十日くらいの間をあけてることが多いんだって。だから、前の襲撃から次の襲撃までの間に罠を設置することができるってことだね」
 リーリア達は、ピアの店の張り紙の写しを見た。そこには被害にあった農家とその日時が記されている。
「罠はやはり落とし穴でしょうかね。掘った穴は木の枝とかでわかりにくくして、その上に腐りかけた肉を置いておくのです。鹿肉があればいいのですが」
「用意しよう」
 引き継いだイヴェット・クロフォードに、主人は即答する。
「運が良ければ肉や毛皮が得られるかもしれませんね」
 さらにトモシは退治後にも気を配った。
「また狼が近寄って来ないように、森側の畑や家畜の周囲に柵を巡らせるといいんじゃないかな」
「そういえば、旦那もそんなこと言ってたねぇ。鳴子って知ってるかい? 紐に二枚一組の板切れをいくつかくくりつけて、家畜小屋の周囲とかに張り巡らせておくんだよ。引っかかると音が鳴るから、それに驚いて逃げてくれればしめたものだ」
 主人は熱心に頷いて耳を傾けている。
 その後は、罠の設置場所を絞り込んだ。
 トモシ達が辿った足跡から侵入経路を探っていたので、罠はそのあたりに設置されることになった。
「それじゃ、日が暮れる前に罠を作ろうか」
 ジェンナーロが席を立つと他の面々も立ち上がり、作業が始まった。

 罠は日が暮れる前には予定箇所にすべて作り終えることができた。
 土まみれになった体を綺麗にした後、ピアが持ってきたパンやこの家の主人の妻が作った料理で食事をとりながら、話題はいつしか森林開拓のことに移っていた。
「森林開拓……本当に必要なの?」
 すっかり実行する気でいたリルダにとって、アウロラ・メルクリアスのこの発言はやや衝撃的であった。
「え……と、反対?」
「土壌改良をしてから二ヶ月と少しが過ぎたけど、作物は順調に育っていると思う。黒い布も石灰も家畜の糞も、ちゃんと効果があるって確かめたよ。出航までの期間から考えると、生長の早いものは二回以上収穫できそうだけど、時間がかかるものは次の収穫が最後だよね。それなのに、今から開拓して間に合うのかな?」
「箱船優先で来るしわ寄せを補うのが目的なの」
 その言葉に、訝し気な顔をするイヴェット。
「ひとつ、聞きたいのだけれど……。船旅の期間はどれくらいを想定しているのでしょうか?」
「約一年間よ。箱船には、150人……多くて160人が乗れると聞いたわ」
「そう……全員が乗れるわけではないのですね。では、積み込む食糧も最大160人分の一年間分ということでいいのですね?」
 リルダが頷くと、マルティア・ランツが「そうなると……」と、考えながら口を開いた。
「箱船は一年したら帰って来るのかしら?」
「ええ。移住できそうな土地が見つかっても見つからなくても、帰って来るみたい」
「じゃあ私達は、箱船が航海している一年間はここで食い繋いで、次の航海に向けての準備も進めていかないといけないのね」
 仮に移住先が見つかっても、ここにいる全員が脱出するには何度も往復することになる。短期間ですめばよいが……。
 イヴェットは難しい表情で聞いている。
「食糧の積み込み状況はどうなっていますか?」
「この前の館の倉庫が襲われたことが痛かったけど、予定通り何とかなりそうよ。これまでがんばってきた分があるから」
「……箱船には姫も乗るんですよね。ここの障壁の維持はどうなるのでしょう?」
 リルダは返答に詰まった。
 そして、わずかに不安をにじませて言った。
「どう、なるんだろうね……ごめん、私にもわからないわ」
 アシルなら予測できているのだろうか、それでいて黙っているのか、あるいはリルダと同じくわからないのか……イヴェットは何となくだが、アシルは知っていて黙っているような気がした。
 しかし、そのことは口にせず、話を開拓に戻した。
「やはり、開拓は考え直したほうがいいと思います。箱船が戻って来れば、また大量の保存食が必要になるでしょう。農業が人手不足なら、効率化を考えたほうがいいんじゃないでしょうか?」
「焼き畑するには、土の力が戻ってないと思う。開拓も時間と人手がいるし……。今ある畑や荒れてしまった畑をフル活用したらどうかな」
「私も同じ意見よ。それに焼き畑って、火の制御を間違えたら大参事だよ。火の魔術師さん達も太陽のほうで疲れてるっていうし」
 イヴェットに続き、マルティアとアウロラからも反対され、リルダは思わず苦笑した。
 それから、冷静さを欠いていたことに気が付いた。
「……そうね、もっともな意見だわ。ちょっと焦ってたみたい。きっと……また障壁が狭まったからかな……」
 ぽつりとこぼされた言葉の内容に、その場にいた全員がハッとした。
「展望台のあたりはもうほとんど障壁の向こう側になったと聞いたわ」
「もうそんなに……」
 悲し気に呟いたマルティアは、自分を落ち着かせるように静かに深呼吸をすると、水耕栽培という栽培法を提案した。
「植物の根の部分を肥料が溶かされた水にひたして育てる栽培法なの。室内で手軽にできるから、畑仕事ができない人でも日々の食卓の足しにはなるし、広い場所が使えるならたくさんの野菜の収穫が見込めるわ。土よりも生育が早いし」
 リルダは真剣な顔で聞いている。
「それに、場所が許されるなら、箱船の中でも育てられると思う」
「そんな方法もあるのね……」
「試しにやってみない?」
「やってみましょう。じゃあ、狼退治が終わったら、荒れた畑を復活させて苗を植えましょう。水耕栽培は……土がいらないなら空き倉庫を使ってみましょうか。町の人にも声をかけてみるわ。マルティアさん、監督をお願いできるかしら」
「私が?」
「あなただけに押し付けたりはしないわ。でも、私よりは詳しいでしょう? 考えてみて」
 マルティアが戸惑ったように頷いた時、食事をしながら黙って耳を傾けていたミリュウがリルダに問いかけた。
「大方のことは理解した。ところで組合長、その場合、開拓した土地の貸し出しの件はどうなるのだ?」
 自身の診療所を持つことを目的としているミリュウにとって、この質問への返答はとても大切なものだった。
「ん……やっぱりそこは整備し直した畑を、ということになるかしら。そちらの管理をしてくれる人もほしいから」
「ふむ。……畑の面積は元の持ち主によって様々だろうが、当人の望む分だけでいいのか?」
「ええ。その判断は引き受けてくれる人に任せるつもりよ。元の人が住んでいた家も貸し出してもいいけど、これは港町ではあまり需要がなかったのよね。だから、新しく建ててもいいと思ってるわ」
「そうか」
 その時、この家の妻がくしゃみをした。
「あ、あら、ごめんなさいね。ちょっと上に羽織ってくるわね。皆さんは寒くない?」
「あの」
 と、部屋から出て行きかけた妻をマルティアが追った。
 しばらくすると、二人は砂が入った鉢を抱えて戻ってきた。砂からは埋められた石が頭を覗かせている。
 不思議そうな目に囲まれ、マルティアが説明する。
「この砂の中には熱した石が入ってるの。手をかざしてみて。あったかいから」
 イヴェットとアウロラが真っ先に手をかざす。
 そして、ほっこりと口元をほころばせた。
「本当、あったかいね!」
「よかった。これをね、病院とかに置ければ少しでも寒さをしのげるかなって。畑にも使えたらいいんだけど」
「室内なら熱も逃げにくいでしょうから、鉢植えとかで育てられるもので試してみたらどうかしら。それなら私でもできるかも」
 答えたマルティアに、リルダも手のひらを温めながら言った。
「病院にも、いくつか持っていってみましょう」
 それからしばらくは、荒れた畑の整備をどこからどこまでやるのか計画を話し合った。
 そうしているうちに夜は更けていき、誰ともなくうつらうつらし始めた頃、外から物音と獣の鳴き声がかすかに聞こえてきた。
 眠気が消し飛び、緊張が走る。
 ミリュウが真っ先に飛び出し、続いてジェンナーロ達が駆け出した。
 家畜小屋から少し離れたところに設置した落とし穴へ、主人が用意した松明を頼りに進んだ。
 やがて到着した落とし穴の底からは、確かに獣の動く音や息遣いがした。
 ピアが松明をかざすと、三頭ほどかかっているのがわかった。
 ミリュウは周囲を見回すと、納得したように小さく頷いた。
「周囲にはいないようだ。前に家畜を襲ったのがこの三頭だけだったのかはわからんが……乱入されることはなさそうだな」
「乱入って、何をするつもりだ?」
 ジェンナーロは何となく嫌な予感がした。
 ミリュウは不敵に笑うと約2m下の穴の底へ向けて言い放った。
「わざわざ自分からかかりに来るとは、狼の中でも凡才の部類だな。いや、凡の下か。我が施術の実験台になることで、その目を覚ましてやろう。なぁに、今は人にしか効かぬが、すぐに生きとし生けるものを救済する唯一の施術として君臨するつもりだ」
 何か恐ろし気なことを言い始めたミリュウに、ジェンナーロも主人も、物理的にさらに精神的に距離を取った。
 狼はというと、理不尽なことを言われていることはわかったのか、ミリュウにむけて威嚇をしている。
「フ……凡愚だが、気概だけはありそうだ」
 と、いつのまに持ち出してきていたのか、ミリュウは手にした長い棒で穴の中の狼と戦い始めた。
 止めるとかたしなめるとかいう雰囲気ではない。
 周囲の者達は、ただ見ていることしかできなかった。
 松明を持っていたピアは、及び腰にむなりながらも照らすことはやめなかった。それでミリュウが怪我をしたら大変だからだ。
 結果、イヴェットが言った通り、肉と毛皮が手に入ることになった。
 それから浅い眠りが明けた翌朝、畑の周りに背の高い柵が、家畜小屋には鳴子の設置が開始された。
 杭を固定しながらトモシがリルダに言った。
「森の腐葉土、畑に少し借りられないかなぁ。たくさん持ち出しちゃうと森の木々が困るだろうから、少しだけ」
「いろんなところから少しずつ集めるといいかもしれないわね。その時は狼とかに気を付けてね」
「そうだね。ミリュウさんみたくはいかないよ」
「あれは例外よ……」
 昨夜のことが脳裏をよぎる。
 たとえ森で狼に囲まれても、ミリュウなら蹴散らすことができるだろう。

 

☆  ☆  ☆


 荒れた畑を復活させる計画のことや空き倉庫を使っての水耕栽培のことが港町の人達に知らされると、それなりに手を挙げる者がいた。
 時々、畑の境界線のことで争いが起こったりもするが、リルダが仲裁して何とかなっている。
 その活動にはジスレーヌの姿もあった。
 毎日誰かの畑に出向いては、草むしりをせっせと手伝っている。
 大きな石などは地の魔法でどかすこともあった。
 ある日、様子を見に来たリルダが心配そうに言った。
「こっちのこともいいけど、たまには家の手伝いもしたら? 日中はずっとこっちに来ていて、心配してるんじゃないの?」
 とたん、口を尖らせるジスレーヌ。
「してないと思います。今度もお茶会がどうのとか言ってますし。退屈なだけです」
 やれやれ、とリルダはため息を吐いた。

 それから、殺害された魔術師の葬儀が墓地で行われた。
 ナディア、ルース、リルダ、アシルなど主だった者達に加え、町の人達など多くの人が出席した。
 葬儀の後、ルースが犯人捜索が進んでいないことに苛立ちを示した、
「あの魔術師に恨みがあったのか、それとも別の狙いがあったのか……」
 それが気になっているようだ。
 そんな彼女に、ナディアが言いにくそうに言った。
「調査は警備隊や公国の騎士、あなたのところの近衛隊にも行われたのはご存知ですよね」
「ええ、知ってるわ」
「実は、その中で一番証拠があいまいなのは近衛隊なのです」
「ど、どういうこと……あっ」
 問い詰めかけて、ルースはその答えに気が付いた。
 事件があった夜、ルースは館で休んでいた。そのため近衛隊も夜勤を除いて休んでおり、個人が何をしていたのかは本人しか知らない。
 ベルティルデも遅れてそのことに思い至り、顔を青くする。
「近衛隊の中に犯人がいると言っているわけではありませんよ。ただ、そう考える人もいるということです……」
 ナディアはそう言って目を伏せた。
 実際、犯人は騎士ではないのかという噂は港町ではまことしやかに囁かれている。
 リルダなどは信じていないが、ある日、そんな彼女にアンセルが提案した。
「自警団を結成してはどうか」
 と。
「何を突然……そんなことしなくても、警備隊がいるじゃない」
「あなたも知っているでしょう。今、彼らへの信用が揺らいでいることを」
「だからって、自警団なんて作ったら警備隊との間に余計な諍いが起こるんじゃない? それに、警備隊を頼もしく思っている人は大勢いるわ」
「ですから、自警団が活動するのは、町にいる警備隊員が一人以下の時です。今は神殿のほうに人員を割いているから、足りない分はこちらで補おうと」
 リルダはしばらく考え込んだ。
 治安が悪くなっているのは事実なのだ。
 障壁が狭まったり地震が多くなったりと、不安要素が尽きないせいだろうか。
「……わかったわ。その自警団はあなたがまとめてくれるの?」
「そのつもりだ」
「そう。団員が余計な混乱の種をまかないように、しっかり引き締めてね。バート君にも話をしなくちゃね。一緒に来てくれるわね?」
 当然だ、とアンセルは頷いた。

 


個別リアクション

『夜の訪問』

 


 

アクション指針

・荒れた畑の復興に勤しむ
・自警団に参加する(騎士身分は不可)
・領主の館のお茶会に出席する(※マスターコメントの注意書きをよくお読みください)
・その他、自分にできることをする

◆連絡事項
マティアス・ リングホルムさん
コタロウ・サンフィールドさん
お茶会に誘う方が多くてアクション欄を圧迫するようでしたら、目的・動機・台詞欄も使ってかまいません。お手数おかけしますが、よろしくお願いします。

 


 

こんにちは、マスターの冷泉です。
今回もご参加いただきありがとうございました!

以下、次回アクションの補足です。
・荒れた畑を
 身分、能力値、年齢問いません。
 決まった家がないので欲しい方、畑仕事とセットでお渡しします(家はみんなと協力して建てることになります)。
・自警団
 騎士身分以外でしたら、どなたでもご参加いただけます。
 日勤・夜勤選べますので、ご都合のよい時間帯にどうぞ!(出勤日は警備隊との調整があるので選べません)
・お茶会
 PCのマティアスさん、あるいはコタロウさんとコンタクトを取った上でアクション欄に、マティアスさん/コタロウさんに誘われた(マティアスさんまたはコタロウさんの場合は○○さんを誘った)とご記入ください。
 これがない場合、招かれざる客として扱われてしまいます。
 また、貴族、騎士の方は自由に参加できます。
・その他
 今回の継続も含みます。

地震に関することは、川岸マスター担当のサイド側で扱われます。
グランド側で地震に関するアクションを行っても思うような結果にはなりませんので、ご注意ください。

また、ダブルアクションにお気を付けください。
「Aをやる。Bもやる」と書いてしまいますと、片方のみの反映、あるいはどちらでもない中途半端な結果を招いてしまいます。
非常にもったいないことです。

最後になりますが、イラストを描いてくださったじゅボンバーさん、ありがとうございました!

第4回のメインシナリオ参加チケットの販売は5月20日から5月30日を予定しております。
アクションの締切は5月31日の予定です。
詳しい日程につきましては、公式サイトお知らせ(ツイッター)や、メルマガでご確認くださいませ。

それでは、次回もどうぞよろしくお願いいたします。