メインシナリオ/サイド第3回
『滅びを望む者たち 第3話』



 魔法学校寮襲撃後――。
 アーリー・オサードたちが隠れ家の小屋に戻ると、犯罪者たちは皆荷物をまとめて出て行こうとしているところだった。
「誰だ?」
 犯罪者たちのリーダー的な存在であるクダン・イスセーズが、アーリーが連れてきた人物に警戒の目を向けた。
「サーナ様?」
 タッカル・ミーリルがその子が初代神殿長の曾孫、サーナ・シフレアンだと気づき驚きの声をあげる。
 タッカルは洪水時神殿で働いていたのだが、犯罪者とされ港町で拘束されていた。
「ここはどういう集まり?」
 サーナを背に庇いつつ、彼女と共に訪れたラトヴィッジ・オールウィンがアーリーに尋ねた。
 アーリーはサーナの友達だと聞いている。
「人でなしの犯罪者。滅びを望む人たち」
 そう答えたアーリーの目は暗く、冷たい印象だった。
「私は、神殿で暮らしていたサーナ・シフレアンです。前の神殿長の親戚です。魔法が使えない場所で捕まっていたのだけれど、彼と他の騎士に手伝ってもらって出てきたの……」
「俺はラトヴィッジ・オールウィン。サーナと契約し、サーナを守る騎士として同行した」
 ラトヴィッジは犯罪者たちにそう宣言をした。
「騎士か……敵じゃねぇんなら、まあいい。領主の館に捕まってた奴らが脱走し、こっち方面に向かってるようだ。ここを出て合流する」
 クダンが荷物を背負い、いくぞと声をかけて先導する。
「お嬢ちゃん、俺はもういい。アーリーに肩を貸してやってくれ」
 ウィリアムはズボンの裾をナイフで破り、包帯代わりに怪我をした場所に巻いていく。
「あ……あの……肩……必要でしょうか? わたくし、何をすれば……」
 シャンティア・グティスマーレは震えながらおずおずとアーリーを見る。
 恐怖にさらされ続けたシャンティアは、自分で判断をすることが出来なくなっていた。
 どうしたらこの恐怖から逃れられるのか分からず、一番力を感じるアーリーに従い、指示を仰ぐことしかできない。
「いらないわ」
 言って、皆に続こうとするアーリーだが、魔力を大量に放出した後であり、山道を歩ける状態ではなかった。
「ラトヴィッジ、手を貸してあげて。友達、なの」
 悲しげな目でサーナが言った。
「わかった」
 ラトヴィッジは少し警戒をしながらもアーリーを支え、犯罪者たちと共に、脱走者たちのもとへと向かった。


第1章 子供たちの冒険の終わり

 魔法学校の寮が襲われてから、数日が経った。
「それで、教えて欲しいのはどんなことなんだ?」
 本日の授業も終わった放課後。
 魔法学校の庭の隅っこ。少し奥まっていて周囲からはあまり目立たないスペースで、魔法学校の教師、レイザ・インダーが話しかける。相手はまだ年端もいかない少年だった。
 しかし、年端もいかない、とは言っても、仁王立ちしているその姿は黒いジャケットに、黒のブーツ、そして濃いサングラスをしており、背には燃え盛る鳳凰の刺繍が翻っている。知らない人が見ればコスプレしているお子さまにしか見えないその少年は、逆に魔法学校では(外見と素行的な意味で)知らない者はいない、ヴォルク・ガムザトハノフだった。
「当然、魔法の教えを乞いたい。魔法学校で先生に教えてもらうものと言ったら他にないだろ?」
 なぜか上から目線で腕を組み、ふんぞり返るヴォルク。
 ただ、これは確かに彼にしては珍しいことだった。さすがに前回の失敗を反省して、見逃しているコツはないか、精密なコントロールを得るにはどうしたら良いかと考えた末の行動である。
(それに、レイザ先生が無茶しないように見張っててくれと言われているからな……メリッサに頼まれちゃ断れないしな!)
 そう、彼は姉と慕うメリッサ・ガードナーからレイザを見張っているよう言い含められていたのだ。
 まあ、それにしたって教えを乞う態度ではないのはヴォルクらしいと言えばらしい話である。
「あのな……、学校の授業をきちんと受けないやつが何を言うんだ。まずは授業をきちんと……」
「授業なんていいよ、俺は不良だもの。まずは、この間できた新技を応用してさらに強力な新しい技を完成させたいんだ。見てくれ、突き抜けよ、ディアブルヴェチェル(直訳:悪魔の風)!!」
 そんなレイザの説教は、途中で遮られた。
 ヴォルクはレイザの脇にある茂みに向かってビシッ!と指を差し、そこに対して風を弾丸のように細く小さく圧縮し、放つ。
 本当は額に向かって放つ予定のそれは、圧縮された風が弾丸のように放たれ、大きく穴を穿つ――はずだった。
 ガサガサガサッ
 その魔法は、茂みを大きく風で揺らすだけだった。集中が足りず、空気を圧縮しきれなかったのだ。
 ヴォルクは悔しそうに顔を歪めて、再度指を差して集中しようとする。
「待て待てっ、お前にはそんな魔法はまだ早いっ」
 しかし、それはいつの間にか近寄ってきたレイザに腕を取られて止められてしまう。
「お前に必要なのはまずは基礎勉強と生活態度の見直しだ! それで進学してから応用に進め! このままじゃ進学もできないぞ!」
「ちょ、ちょっと待っていたいいたい……勉強なんて必要ないんだって! 腕を放せよぉぉぉっ!!」
 ヴォルクの悲鳴は魔法学校中に大きく響きながら、空き教室に吸い込まれていった。
 その後みっちり補習を受けさせられたヴォルクは、補習後にこうつぶやいたという。
「メリッサ、言われた通りレイザは見張っておいたぜ、へへ……」
 彼のつぶやきは、今日も沈んでいく人工太陽の赤い光の中に消えていくのだった。

 

*  *  *


 数日後。
「ちょっと練習台になって」
 生徒を迎えに訪れたメリッサ・ガードナーは、レイザのもとに立ち寄って地の魔法を彼の身体に注いでいた。
「魅了の魔法の練習か?」
 廊下を歩きながら茶化すように言うレイザに、メリッサは首を左右に振って「違うって」と言い、心配そうに彼を見つめる。
 いつもとは違う彼女の反応にレイザの顔から笑みが消える。
「襲撃の応戦したんだって? 対策本部にも入ってるんだよね。すごく心配なんですけど……」
「なんでそんなこと知ってるんだよ」
「魔法学校の女の子達から聞いたの。あの子達、学校はレイザ先生たちが守ってくれるから平気だって強がってた」
 メリッサはレイザと相互協力の契約を結んでおり、メリッサのマテオ・テーペ登頂に協力する代わりに、レイザに温泉の管理と、水泳の指導などを頼まれていた。
「倒れたり怪我したりは困るから、お願い、無理しないで」
「無理はしていない。大体なんでお前が困るんだ」
「それは、サポートに支障でるから……」
 メリッサは目を逸らしてそう誤魔化した。
「レイザ先生」
 と、そこに、学生が2人近づいてきた。
 貴族の魔法学校生、アリス・ディーダムと、布でくるんだ何かを抱えた10歳くらいの気弱そうな男の子だった。
「お聞きしたいことがあるんですが……」
 ちらりとアリスはメリッサを見た。
「部屋で聞こう」
 レイザは近くの教室のドアを開けて、アリスたちを促す。
 メリッサは教室の外で待っていた。

 気弱な少年が机の上に抱えてきたものを置き、布を取り払った。
 中から出てきたのは、汚れがあるが透明な水晶のような石だった。
「これ、魔法鉱石ですよね?」
 アリスの問いに「ああ」と答えて、レイザは指先で鉱石に触れた。
「間違いない」
 彼がそう言うと、アリスと気弱な子は顔を合わせて、笑みを浮かべた。
「天然の鉱石だな。どこで発見した?」
「それは……言えないです。私達だけで見つけたわけじゃないので、皆に聞いてからじゃないと」
「それならすぐに仲間のところに行き、許可を取るんだ。2度とそこには行ってはいけない」
 レイザは厳しい目で、2人に言う。
「これは大発見だ。しかし、一般人、まして子供が踏み込んで良い場所にあるものではない」
「大発見なのですか? そこまで大変ではなかったのですが」
 洞窟は長かったけれど、発掘自体は大して大変ではなかったことを、アリスは思い浮かべる。
「レイザ先生、皆が魔法鉱石を採掘しないのはどうしてですか? 眠ってる鉱石は沢山あると思うんですけれど」
「魔法鉱石はとても貴重なもので、僅かな地方でしか採ることはできない。この水の障壁内にも存在していないはずだ。つまりそれは、障壁外か、障壁外から運ばれたものと思われる」
「そうなのですか……この鉱石には属性はありますか? 風の属性なら使ってみたいなって」
「地の属性なら、僕も使ってみたい! 魔法の力アップしたりするのかなー」
 無邪気な2人の言葉に、レイザは苦笑したあと少し考えてこう説明をする。
「鉱石に属性はない。鉱石からは魔法効果のある道具や薬を作りだすことが出来るが、天然の鉱石を加工できるようにするためには、長期間の錬成が必要になる。また、鉱石は個人が所有していていいものではないんだ。先生が貰ってもいいか?」
「えーっ。だ、ダメだよ。先生にとられたらダメって言われてるんだ」
 気弱な少年が鉱石を抱きかかえようとするが、レイザがすぐに奪い取った。
「素手で持つのもよくない。この石は凝縮された魔力の塊なのだから」
「レイザ先生、これがとても貴重だということはわかりました。でも、私たちが見つけたものなので……せめて、皆で話し合うまで待ってください」
 アリスはレイザにそうお願いをしたが、レイザは首を横に振った。
「すまないが、ダメだ。お前たちに持たせてはおけない。ただ、約束しよう。この魔法鉱石から魔法効果のあるアクセサリーを作り出して、お前達にプレゼントする」
 どんなアクセサリーがいいかは、1人1人決めていいとレイザはアリスと気弱な子に話した。
「持っているだけで危険なものなら……危険じゃない状態にしてもらった方がいいですよね」
 アリスがそう言うと、気弱な子もこくんと首を縦に振った。
 多分、プルク達の理解も得られるだろうと、アリスは了承したのだった。
「レイザ先生、ありがとうございます。他の皆にも、話しておきますね」
「こちらこそありがとう。この鉱石は、きっと多くの人たちの助けになる」
 最後は笑顔で、感謝の気持ちを伝えあった。

 

*  *  *


「たぶん、ここが最後だね」
 もう何度も探検した洞窟の中で、ファルはいつもの丁寧な言葉遣いで魔法学校の寮生、プルク・ロアシーノに声を掛けた。そこは洞窟を少し入ったところにある、道が分岐している箇所。今回は三つ目、最後に残った岩で塞がれた道の先を調べてみる予定だった。
「また、きっとすごい物が見つかるはず! やるぞぉ!」
 プルクは呼びかけに応じるように、高らかに持ってきたスコップを掲げる。そう、今回は集まったのはファルとプルクの二人だけ。他の面々は、それぞれこれまでに見つけたものを調べにいくことになっていたのだった。また、監視の目も厳しくなってきたので、大勢で抜け出せないという理由もある。
「ただ山の方で聞いたことがあるんだけど、くぼんだ所には瘴気が溜まってるこことがあるんだ、岩で封じられていた空間の先にも溜まっているかもしれない。気を付けていこう」
 ファルは、早速作業に掛かろうとしたプルクを諭すように話す。さらに出発前に念の為と、守護、幸運を齎す舞を踊った。テンションの高いプルクに対し落ち着いたファルというのは、良い組み合わせと言えるかもしれない。
 そして、二人は交替でスコップを使い始める。岩の周囲を掘って隙間を作り、また岩をてこの要領で少しずつずらしていった。
 かなりの時間が掛かったが、やがて人が通れるくらいの隙間ができた。まずはファルが先を覗き込み、最低限の安全を確認する。
 進むのは、プルクの希望で彼が先頭を行くことになった。ファルが年下のプルクに先を譲った形だ。
「なんか、今までとちょっと違うな」
 プルクのその声に、続いて足を踏み出したファルも同じ感想を抱く。確かにその道はこれまでの道と違い、人の手によって歩きやすいように整えられているようだった。
 二人は安全を確認しながらも、これまでの道よりも早いテンポで足を進める。
 どれくらい進んだだろうか。延々と続いた道は、少し開けた場所へと変わっていた。
「ここは――何かに使っていたのだろうか」
 ファルが辺りを見回しながらそう話す。よくよく見ると、大き目の石が等間隔に配置されているようにみえる。確かに、休憩所のような場所だった。
 二人は辺りを調べてみることにした。
「これは……石版、かな」
 ほどなく、ファルが広間の端に何か掘られているのを見つける。板状にしつらえてあるそこには、見たことのない文字がびっしりと彫られていた。
「少しだけでもメモしておく! 誰か読めるかもしれないし」
 プルクが持ってきた筆記具で取りあえず最初の一行だけでもとメモを始める。ファルはその間も周囲を調べてはみたが、他に変わったものは見当たらなかった。
 ついでだからとそこでしばらく休憩して、二人はさらに先へと進む。
「ん、なんだこれ?」
 またさらにしばらく進んだときだった。
 突然プルクが立ち止まり、何かを持ち上げる。足が何かに当たったようだった。
「……これ、骨じゃないのか? しかも大きな――人間、だろうか」
 見せられたファルはそう返した。
 それは確かに、何かの腕か足の骨に見える。
「ええっっ!!」
 慌てたプルクがその骨らしきものを取り落した。その動きを追うように足元を見ると、そこには明らかに人骨と思える骨が他にも散らばっている。
「瘴気が溜まっているのかもしれない、一旦戻ろう」
 すっかりおびえた様子のプルクを支えるようにして、ファルは来た道を急いで戻る。
 今回の探検は、これ以上は無理そうだった。

 探索から戻ったプルクたちは、魔法学校の裏庭に集合して成果の報告をしあった。
「鉱石はとられちゃったのか……でも持ってるだけで危険なら、仕方ないか」
「本は誰も読めなかった! 図書室の辞典みてもよくわかんなかった……誰か頭のいい大人とか探さないとな」
「最後の道に書かれてた文字とも違うんだよな。こっちも誰か知ってそうな人探さないとな」
 本の文字は、昔使われていた文字のようだったけれど、石版に刻まれていた文字は、見たことのない異質な文字だった。
「とりあえず、レイザ先生に話してみる?」
「そうだなぁ……でもレイザ先生若いし、魔法以外得意じゃなさそうだから、わかんないと思うぜ」
「先生から誰かに聞いてもらったらどうかな」
「読める知り合いくらいいるかもだけど、本の内容俺達に教えてくれないかもしれないじゃないか」
 本や文字についてどうするかは結論が出なかった。
 ただ、洞窟の奥にはもうプルクも子供だけでは行きたくないと言っており、レイザや誰か大人に場所を話す事に関して反対意見は出なかった。


第2章 犯罪者と騎士

 領主の館と魔法学校の間にある山の中で、脱走者と町で捕えられていた犯罪者は合流した。
 館に捕えられていたサーナが犯罪者たちと同行していたため、合流自体はスムーズだったが、この後、どうするかについては意見がまとまる事はなかった。
 犯罪者のメンバーには、ウィリアムのように町で勧誘をされて加わった者もおり、まだ騎士団に顔が知られていない者も数名いるのだが、秘密裏に35人ほどとなったこの人数を支えるだけの物資を調達することなど出来るわけがない。
 また、不用意に近づいてくることはなかったが、騎士団に居場所は知られており、遠くから監視されている。
 当座の食糧は奪ってきたが、容疑者だったトゥーニャ・ルムナを除き、彼らはみな薄手の囚人服姿だった。
 廃坑と側に設けられていた崩れかけた小屋が、彼らの新たな住処だった。
「あの時はつい頭に来ちゃったけど、喧嘩するのは良くないことだから~、ちゃんと話しあってみよう」
 そんなトゥーニャの言葉に、重犯罪者たちは嘲りの笑みを浮かべる。
「どうせ皆死ぬんだ。後は欲望のまま楽しく生きようぜ」
 言って、手枷をした重犯罪者が人質のメイドの服に手をかけた。
「だめだよ、その子を傷つけたら、騎士の人達はもっと怒るよ。悪い事はだめ~」
「何をいまさら」
 トゥーニャは止めようとしたが、重犯罪者たちと彼女たちでは捕らえられていた理由が違う。トゥーニャや魔力の高い犯罪者は、主に洪水後に拘束されたこの地域の住民で、騎士団に余力がないこと等を理由に、必要以上に長く拘束され続けていたのだが、重犯罪者は同じ理由で刑が執行されずに拘束され続けていた、他の地域も含む伯爵領の犯罪者だ。
「とにかく、悪い事はダメ~。トルテの考えと同じじゃないひとは、ここにいなくてもいいんだよ~」
 トゥーニャがひゅっと強い風を重犯罪者に送ると、ちっと舌打ちして、重犯罪者はメイドを離した。
「怪物共が。行く場所なんかねぇよ。それともなんだ? このまま町に出て無差別殺人でもしてやろうか?」
 トルテたちは血の付いた剣を手に、そう笑う重犯罪者たちの扱いに困っていた。
「その武器、預かっておくよ~」
「は? お前等は魔法っていう兵器もってんのに、生身の俺には丸腰でいろと? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ」
 そして、何をしでかすか分からない、武器を持った者が側に居るという恐怖を知っていく。
 どんなに優れた魔術師であっても魔法を使う為には集中が必要となる。
 突如飛び掛かられたら、誰であってもひとたまりもない。
「準備が整い次第、騎士団が攻めてくるでしょう。人はそうして、自分達だけが平和に生きる為に、強者を虐げ殺していくの。
 あなた達は脱走に成功したんじゃないわ。この脱走は仕組まれたもの。異物を排除する口実を作るために」
 暗い笑みを浮かべてそう説きはじめたのは、アーリーだった。
「ここにはもう何も希望は残っていない。諦めましょう、そして滅びを待ちましょう」
「待たないよ~。村を作って皆で暮らしていくんだよね」
 トゥーニャは変わらず無邪気な笑顔で、治療を受けているトルテに尋ねた。
「……ああ、俺達はあそこにはもう戻らない。ここで人間として生きるんだ」
 彼の言葉に、魔力の高いものたちが賛同を示した。
 当分の間、脱走者たちは小屋を、破滅を望む者たちは廃坑を寝床として使うこととなった。

 脱走事件から数日後――。
「危害を加えるつもりはないわ。あたしの声、覚えているでしょ?」
 公国騎士、アディーレ・ペンペロンは見張りに出ていた脱走者の男に、武器を持たずに近づいた。
「分かっているとは思うけど……騎士団は準備を進めているわ」
 何の準備とは言わない。
「あなたが成り行きで脱獄してしまった人だということは、あたし、良く理解しているわ。だから、戻りましょう」
 施設に戻るのなら、今まで通りの待遇を保障する。
「本当はそんな覚悟なんてないんじゃない? 今なら口添えしてあげるわよ」
 そして、以前から話していたように投降したことを鑑みて、刑期短縮の口添えもすると、アディーレは見張りの男を説得していく。
「食事、困っているんでしょ? そんな格好でいつまでも外にいたら凍えてしまうわ」
 あなただけ、今だけ、もう時間がない……そう、語りかける。
 本心は微塵も見せず、さも彼等に同情し、助けにきたかのように。
 彼女の言葉に揺れたのは比較的罪が重く、さほど魔力の高くない者たちだった。
「……わかった。戻る。逃げる場所なんて、ないもんな」
 そう言って、手を上げて近づいてきた脱走者を、アディーレは「ありがとう、嬉しいわ」と、にっこり笑顔を浮かべて迎え入れる。
 そして、彼等から脱走者たちの現状、人質の情報を聞きだすのだった。

 緊急対策本部では、連日会議が行われ対策について話し合われていた。
 まずは人質を救出すべく、人質交換を申し出た貴族のロスティン・マイカンを連れた交渉団が脱走者たちのもとに向かっている。
 その間に、各方面の状況報告、及び騎士団の方針について意見が交わされていく。
 警備隊の隊長、バート・カスタルが新任であることと、領主の館、館内の警備は護衛隊の管轄であることから、対策本部は護衛隊の代表が責任者となっていた。
 ただ、護衛隊の一部隊員は、仕事の性質上、顔や素性を同僚にも明かすことがない。
 本部に配属されたこの人物も、鎧とマスクで顔や体型を隠していた。
「地図のこの辺りの廃坑と、小屋に分かれて生活をしているとのこと。
 内部は、村を作り自分達だけで暮らしていこうという者と、自暴自棄になり、破滅を望んでいる者の2つのグループに分かれているようです。そしてどちらでもない流されているだけの者もいるとのこと」
 護衛隊代表を後ろ盾に、脱走者の説得に当たっていたアディーレが淡々と報告をする。
 この数日で彼女の説得に応じた脱走者は3人。
 いずれの脱走者からの証言もほぼ同じであり、囚人たちの意思は一致しておらず、また重犯罪者の行動が予測できず、予断を許さない状況だという。
「人質の状況ですが、貴族、シャンティア・グティスマーレは破滅派の二十歳くらいの女に服従を強いられているようです。
 また館のメイドのミーザ・ルマンダは重犯罪者が暴行を加えようとしたものの、魔力の高い村設立派が止めに入り、一先ず無事とのこと。
 片方の人質交換には応じるものと思われますが、2人同時の奪還は難しいでしょう」
 アディーレは報告を済ませると、椅子に腰かけた。
「最優先は人質の安全の確保だ。ただ、基本的に食糧、衣服提供以上の要求には応じられないだろう。交渉の結果次第では……」
 バートは厳しい表情で、唸る。
 突入も辞さない。そう言葉を続けるか、否か。彼の深い葛藤がうかがえた。
「提案があります」
 手をあげたのは騎士のナイト・ゲイルだった。

 口下手な彼の補佐として訪れたマーガレット・ヘイルシャムが彼の代わりに立ち上がる。
「交渉方針に関しては、犯罪者の要求に屈しないのが為政者としての鉄則。ましてや今の治安状態を見る限り、下手に出過ぎるのは愚策でしょう。
 人質の安全は考慮すべきですが、応じられない要求については、出来ない事は出来ないと毅然と拒絶することも重要でしょう」
 マーガレットは凛とした瞳で、滑らかに朗々と語る。
「が、暴動発生までの経緯を考えると、牢内で拘束されていた囚人がまず行方不明になるなど内部の者の手引きを疑う余地がありますし、彼らのみを一方的に断罪してよいものか、とも」
 事件直前に行方不明になったのは、重犯罪者として鎖で拘束をしていた女の囚人であった。
 彼女の行方は未だ不明であり、囚人たちを脱走させるために内部の者が隠したのではないかとも考えられていた。
「ですので、軽犯罪者や暴動に積極的に加担していない者たち、投降に素直に応じる者には、刑期の再考や待遇改善、保証人をつけて釈放する等検討の余地はあると思います」
「それはそうなんだが……」
 バートは厳しい表情のままだった。
「それに、彼らは皆魔法の才を持つ者たちで貴重な人材です」
「私が、彼らの身元引受人になります」
 マーガレットの言葉に続き、ナイトがそう言うと、彼に一斉に視線が集中した。
「い、いやちょっとまて。お前彼等と親交ないだろ、しかも未成年だし」
「けど……!」
「カスタル卿」
 バートに言い返そうとするナイトを制して、マーガレットが発言する。
「あなたは以前に私にこうおっしゃいましたよね。『皆の心のケアこそ大事なんだろうなと思ってる』と。今、彼らに必要なものはまさにその心のケアではないですか? 彼らにも、未来を夢見る資格はあるはずです」
「こうも言ったはずだ。自分にできるのは警備体制を整えることだけだと。ナイト・ゲイルとて同じ、騎士団員に、犯罪者個々の監視や、心のケアに当たる余裕などない」
「警備隊の仕事に従事させます。私が率いて」
「…………は?」
 ナイトの発言に、バートの口から調子はずれな声が出た。
 ナイトの指揮下に入れる。警備隊が保証し面倒を見る……つまり、その責任者はバートである。
 バートは眉間に皺を寄せて考え込む。
 しばらく、沈黙が続いた……。
「カスタル卿」
 返答を促すように、マーガレットがバートの名を呼ぶと、バートはため息をつきながらマーガレットを睨むように見た。
「それは、君が彼のサポートとして、脱走者たちの心のケアに当たってくれるということだな? そしてナイト。お前の話術でついてくる者がいるというのやら――やってみろ」
 半ば投げやりのような口調で、バートは言った。
 しかしその眼に怒りの感情はなく、期待が込められていることをナイトは察する。
「これはこれは」
 嘲笑のような笑い声があがった。
「警備隊の頭の中はお花畑のようですな。これだから治安が一向に改善しないのだよ。このまま罪なき民が犠牲になり続けるべきと? 犯罪者が主要施設から離れ、一か所に集まっているこの好機を逃すおつもりか」
 皮肉気にそう言ったのは、護衛隊の代表だ。
 声からして、中高年の女性のようだ。
「最悪の方法をとらざるを得ない場合も、脱走者の人数を減らしておくことに異論はないはずだ」
 バートは不機嫌そうにそう答えて、次の交渉の方針とメンバーを決めていく。

 同時刻。
 対策本部所属者のうち、魔法学校生の3人が脱走者が集まる場所へと交渉に訪れていた。
 彼等はすぐに感知され風魔法による妨害を受けたが、武器を持っていないこと、話を聞きにきたのだと大声で告げて、脱走者たちが潜む小屋が見える場所まで、近づいた。
(おかしい……どうしてこうなった……)
 逃げ腰で先頭に立っているのは、貴族のロスティン・マイカンである。
 彼が自ら人質交換を申し出たのは真実である。
 ただし、仲間を心配する館のメイドたちに「俺に任せろ、何とかするから」とカッコイイところを見せようとして、気づけばノリに任せて自分が人質になるとか言ってしまい、更に気づいた時には対策本部で通ってしまっており、拒否も逃げ出す事も出来ない状況に陥ってしまっていた。
「まずは、メイドのミーザさんの無事を確認させてくれ」
 小屋に向かい、ロスティンがそう言うと、小屋のドアが開き、脱走者が5名、ミーザを連れて姿を現した。
「こっちも、話したいことがある」
 そう言ったのは、負傷した中年男性だ。
 真っ先に飛び出して、斬られた男――恐らく中心人物だ。
「彼女は巻き込まれただけだ、人質をなら俺の方がいいだろ。これも貴族としての責務だ」
 とか言いながら、ロスティンは内心悲鳴を上げていた。拒否してくれー、助けてくれー、いやだーーーと。
「いいんじゃないかな、男の人の方が安全だから~」
 答えたのは、貴族令嬢誘拐事件の容疑者のトゥーニャだった。
「それじゃ、彼女をこちらへ」
 うわあああ、いやだーーーと思いながら、ロスティンは小屋の方へと歩いて行く。
「ロスティンさん……」
「俺のことなら心配いらない(心配してー!)、早く皆のところに帰……うわっ」
 キリリッとカッコつけようとしたロスティンだが、背を乱暴に押されて、小屋の中に転がり込んだ。
 そのままドアが閉められ、中年の男性――トルテがミーザを後ろから拘束したまま、話し合いが始まる。
「まずは、皆さんのお話を聞かせてください」
 慎重に、ロビン・ブルースターが尋ねる。
(小さな小屋から沢山の気配を感じるでござる。洞窟の入り口からも)
 共に訪れたサクラ・アマツキは、注意深く周囲を探る。
 山の合間の生い茂る草の中にある小さな小屋。ここに脱走者の多くが潜んでいるようだ。
 そして、近くにある廃坑と思われる洞窟。
 塞がれていた入口を、人の手で取り除いた跡がある。
 恐らくこの中にも、潜む者がいる。
「俺らはここで暮らすことにした。畑をつくり作物を育て、狩りをして生活をしていく。お前等には迷惑をかけない。だから邪魔をするな。生活が安定するまでの間の、食糧の提供と、自活するための魔法鉱石と引き換えで、預かっている貴族の男は返すと約束する」
「町の人々はお主らのことを恐れているでござる。罪を犯して捕まったのでござろう? そして脱獄という罪を重ねた者を、そのままにはしておけないでござる」
 脱走者側のその要求は、到底承服できるものではないとサクラは感じていたが、穏やかな口調で諭すように言うに留めた。
「それは、皆さん全てのお考えですか?」
 ロビンは冷静に尋ねた。
「……全員一致はしてない。絶望して破壊や死を望んでいる奴らもいる。
 けど、そうさせたのは、お前等だ。俺は漁師だった。だが、海には出れなくなった。生活のために、近くの畑の作物を少し貰ってただけで、捕まった。それで2年物間、閉じ込められていた」
「俺はただの喧嘩だ。相手に軽傷を負わせたのは事実だが、俺の怪我の方が酷かった。それなのに、脅迫罪とされ牢獄にぶちこまれ、1年以上そのままだ。どっちに非があったかなんてろくに調べもせず。相手は捕まってさえもいないんだろ!?」
「ぼくは何もしてないんだよ~。だけど、騎士の人は誰もぼくの話を聞いてくれなかったんだ」
 そう言ったのはトゥーニャ・ルムナだった。
 ロビン達も彼女については、現行犯ではなく、容疑者として拘束していたという話を聞いている。
 彼女の主張が本当かどうかは分からないが、騎士団側の扱いが不適切であった部分もあったのかもしれない、とは思う。
「それでは、ここにいる全ての皆さんにお聞きしたい」
 ロビンは小屋の中や、洞窟の中にも聞こえるよう、大声をあげる。
「全てを壊したいのですか、それとも生きたいのですか」
「俺らは俺らだけで生きるんだ。閉じ込められたまま死ねるか!」
「生きるよ~?」
 トルテ、そしてトゥーニャが答え、交渉に出ている脱走者すべてが頷いた。
 死を望んでいると思われる者達は、誰も出てこなかった。
「では、生きることを望む方々はどうか自分の望みを見失わないでください。その力を、望みを誰かに利用されてはいけません。
 希望も絶望も与えられるものではなく、自分で生み出すもの。
 皆さんだけで暮らしたいという意思については、尊重し、決して無理やり力で押さえつけるようなことはないよう、上に進言いたします」
 ロビンはそう約束をした。
 そして、食糧の提供も、本部から指示されている範囲で約束をする。
 生きることを望む人たちが、死を望む人たちに取り込まれない事、袂を分かたせることが、ロビンの望みだった。
「ああ、頼むぜ。……俺らは自由に生きたいんだ。閉じ込められるのはもうまっぴらだ! そんだけだから、預かってる人を傷つけたりはしねぇ。
 けど、そうじゃない奴も一緒にいる。だから早く約束をとりつけてくれ。頼む」
 トルテから、焦りのような感情が読み取れた。
「この女は返しておく」
 そして、ミーザの背を押して、ロビンとサクラのもとへ向かわせた。
 すぐにサクラが前に出て彼女を確保し、背に庇う。
「お主らは罪に合わぬ扱いを受けたと感じていたのかもしれぬ。だが、脱獄、及び重犯罪者の脱獄幇助をした犯罪者であることも忘れてはならぬでござるよ」
 サクラは彼等にそう釘を刺した。
 重犯罪者を彼らが野放しにし、彼等が犯罪を犯したのなら、逃亡を企てた者の罪も更に重くなるだろうということを伝えておくために。
 ロビンの言葉に落ち着きを見せた脱走者たちが「うるせぇ、帰れ!」「てめぇらが俺らをあんなとこに閉じ込めたのが悪い!」と、次々に罵り声をあげていく。
「失礼しました。すぐに戻り、本部にお伝えします」
 ロビンは脱走者たちに礼をすると、サクラを連れてその場を後にした。

 対策本部には所属せず、エイディン・バルドバルは民間人として、交渉が始まる前から脱走者への物資の提供を手伝っていた。
 本部から提供されたものは、食糧のみ最低限であり、彼等が要求してきた魔法鉱石は含まれてはいない。
「立てこもっているだけでは暇だろう。お前達のことを話してくれないか?」
 エイディンは物資の中に、私財で買い込んだ簡単な菓子や、つまみを添えて脱走者たちに提供し、彼らに話かけていく。
 出来る事なら食事を共にし、彼等の話をより深く聞きたいところであったが、長時間の接触の許可は出ず、軽く会話をして、人質の様子を聞いてくことだけで精一杯だった。
 それでも彼は根気よく、彼らに語りかけて、彼らの気持ちを聞いていくのだった。
 聞くことに徹し、異論反論を挟まずに。
 ただ、彼が直接会話出来たのは、魔力が高い脱走者だけだった。
 港町で拘束されていた犯罪者たちもいると聞いていたが、その者達が姿を現すことはなかった。

 廃坑の中。服を借り、変装した姿のラトヴィッジ・オールウィンはサーナ・シフレアンを連れて、少し奥へと進んだ。
 犯罪者たちと距離を置き、声の聞こえない場所でラトヴィッジはサーナに問いかける。
「アーリーが、『サーナよりもっと苦しんでいる友達』?」
 サーナはラトヴィッジに、自分よりもずっと苦しんでいる友達がいると言い、この犯罪者たちのもとを訪れた。
 しかし、サーナを見たアーリーの顔は、友人との再会を喜ぶ笑みではなく、とても暗いものだった。
 そして、彼女は滅びを皆に説いている。
「それで、どうすれば水の神殿を正しく使える? 正した時、ここはどうなるんだ?」
 水の神殿の力は、自分たちが生きるために……障壁を張るために、使ってはいけない。
 サーナはそうラトヴィッジに言っていた。
 今の神殿長、きっと領主さえも、恐らくそれを知らされていない、と。
「水の神殿の魔法具は、世界に影響を及ぼす火の魔力を抑えるために作られたって聞いている。常に、抑えていないといけないのに、その力を障壁に今は使っている。
 正しく、水の神殿の力を使ったら……障壁は維持できない」
「でもそれだと、水の神殿も沈んでしまって、どのみち火の魔力を抑えられなくならないか?」
「うん……ごめんなさい、よくわからないの。ただ、火の力を抑えなければ、世界の状態はもっと悪くなる。今、海の上には、辛うじて生きている人がいるかもしれない。私たちはその人たちの希望を奪っている……」
 涙をうかべて、サーナは俯いた。
「サーナはどうしたい? そして、サーナがしたいことと、アーリーのしたい事は一緒なのか?」
 ラトヴィッジの問いかけにサーナは押し黙ってしまう。
「サーナがしたい事を俺は手伝う」
 ラトヴィッジは、サーナの両肩に手を置いて、彼女を優しく、まっすぐに見た。
「俺は君の騎士だ」
「……うん」
 サーナが首を縦に振った。同時に、彼女の目から涙がぽたりと落ちる。
 これまでも彼女はラトヴィッジが和ませようと笑いかけても、少しも笑みを浮かべることはなかった。
 いつも悲しい目をしている。
(ただ、君が君の命を安くみているなら、それは違うと教えたい。守ってみせる)
 そう思いながら、ラトヴィッジはサーナの頭をそっと撫でた。
「私、どうしたらいいのかわからないの。でも、アーリーの意思ははっきりと決まっているみたい。……彼女は、死を望んでいるわ。私は、アーリーの意思を尊重する。今決めているのは、それだけ」
 少し迷いながら、サーナは小さな声で語り始める。
「私と初めて会った時、アーリーは凄く怯えていたの。彼女のこと誰にも言わないって約束して、友達になってもらったの。
 特別な水の力を持つ私の一族は、特別な火の力を持つ彼女の一族を滅ぼす切っ掛けを作ったんだって聞いてる。
 この世界もきっと私の親族――ウォテュラ王国の王家が、海の底に沈めてしまう切っ掛けを作ったんじゃないかって、思ってる」
 自分は詳しい事は何も知らない。
 閉じ込められていたあの場から出たかったのは、怖かったから。
 一人で抱えていることも、暗闇の中で一人でいること、そして1人で死ぬことも。
「そんな理由で、あなたを巻き込んでごめんなさい」
 彼女の言葉に、ラトヴィッジは首を左右に振る。
「それは違う。ありがとう、サーナ。俺を君の騎士にしてくれて」
 サーナは首を何度も縦に振って、これまでのように縋るようにラトヴィッジに抱き着いてきた。

 

*  *  *



 港町の住民をまとめているリルダ・サラインを伴った、第2回めの交渉が行われる。
 彼女に同行を頼み、交渉の代表として名乗り出たのはリベル・オウスだった。
「子供を連れて、交渉に行くつもりなの?」
 リルダは、同行する騎士、ナイト・ゲイルの側に少女――エリザベート・シュタインベルクの姿があることに、眉を顰めた。
「子供だなんて、失礼ですわ。私はナイト・ゲイル個人の傍に居るだけ。交渉に向かうわけではありませんわ」
 エリザベートはナイトを自分の騎士にしたいと思い、付きまとっていた。
「私は見てみたいのです。ナイト・ゲイル、あなたのその尊い理想が行きつく先を……」
「……」
 ナイトは彼女の扱いに迷っていた。
 魔術師との連携の必要性を感じ、彼女のような才能ある人にパートナーになってもらえれば嬉しいのだけれど。
 如何せん、彼女は幼すぎて、こういった場に連れていくわけにもいかない。
 ただ、それでも拒否しきれない理由もあるのだが……。
「わかってます。交渉の場までついていくつもりはありませんわ。私は遠くから見守らせていただきます。あなたを」
 エリザベートはまだ子供であったが、貴族の娘としての気高い心を持っていた。
 彼、そして今回交渉に向かうリルダとリベル・オウスのいずれも魔法は使えないようだった。
「何かあったら私の名を呼びなさいな。全力であなたの元へ駆けつけてあげましょう」
 魔法攻撃に遭ったら、彼等はひとたまりもないだろう。
「あなたは私の騎士なのです。志半ばで倒れるなどあってはなりませんわよ?」
「離れて、見ていろ」
 言葉少なく、それだけ言いナイトは仲間と共に交渉の場に向かった。

 最重要目的は、人質の奪還で良いかと、リベルはバートに確認を取ってあった。
「村を作りたいという意思は聞いている。こちらとしては人質を早急に解放してもらいたい」
 彼等が潜む小屋の前で、リベルは感情を抑えて尋ねた。
「まずは要求を聞こうか。リルダの許せる範囲でならどうにかする、即答できないものは持ち帰り検討する」
 今回は騎士団ではなく町民代表と脱走者の交渉という形で、話し合いを始める。
「ここに村を作ることを認めろ。生活出来るだけの物資と、生活が安定するまでの食糧提供。それから出来るだけ大きな魔法鉱石の提供。あとは、船だ。倉庫に眠ってる漁船を1艇」
「村を作っても、自活できないでしょう。船は何に使うつもり? 障壁の外にでも出ようというの?」
 リルダが疑問を投げかける。
「俺らのことなんか、どうでもいいんだろ? こっちの要求だけ聞いてくれれば、男の人質は解放する」
「……もう一人、貴族の女の子がいるよな? その子は無事か?」
 リベルが尋ねた。
 港町で捕えられていた犯罪者たちもここに潜んでいると聞いている。
 だが、交渉、食糧の提供に訪れた者で、倉庫から脱走した犯罪者たちの姿を見たものはいない。
「無事だが、そっちの人質の件は、俺らとは関係ない。ただ、こっちの要求をすべてのみ、俺らの身の安全を保証するなら、その娘も解放させる」
「私に出来るのは、食糧の提供の協力、船の手配だけ。魔法鉱石は不足していて困っている状態だから、提供は難しいわ。自治権については……私に認める権限はありません」
 リルダはそう答えた。
 対策本部から、自治権については認めることがないとはっきりとした回答が出ている。だが、それを伝えてしまったら、暴挙に出かねない。
 特に魔力の高い者は罪の意識に乏しく、被害者意識が強いらしいから。
「魔法鉱石の件と、自治については本部に持ち帰って検討を続ける。そのまえに、シャンティアさんの安全を確認しておきたい」
 リベルは再び、シャンティアについて尋ねた。
「だから、その子は俺らとは……」
「彼女なら、ここにいるわよ」
 突如、廃坑の入口の方から女性の声が響いた。
 冷たい印象の、二十歳くらいの女性――アーリー・オサードが外へ出ていた。
 その後ろに、隠れるようにシャンティアの姿があった。粗末な服を纏い……少し顔にあざがあるようだったが、無事だった。
「俺は交渉のためにここに来たが、お前らがこれ以上罪を犯したり、人質として捕らえている貴族たちに髪の毛ほどの傷でもつけようとするなら、その瞬間お前ら全員を交渉の余地がない犯罪者として扱う」
 彼女を見た途端、そう声を上げたのはナイトだった。
 脱走者たちは色めき立ち、廃坑の前の女性は冷ややかに微笑む。
 突如、ナイトの後方から強い風が拭いた。
 振り向けば、隠れて見ていたエリザベートが廃坑の前の女性を指差している。
「寮に火をつけた、魔術師です……!」
 顔ははっきり見えてはいなかったが、露出度が高い印象的な服は覚えている。
「寮に火をつけた? この女が……ッ」
 一連の放火犯かと、リベルは怒りに震える。身体の傷が熱く痛み始めた。
 ナイトは預かってきた魔力を抑える手錠を密かに握りしめた。
 交渉に出てきている者たちは、罪の意識に乏しいが、暴挙の意思はないようだった。
 しかし、この女は違う。大量の命を奪おうとした女だ。
 ナイトは彼女の動きに注意を払いながら、交渉に出ている脱走者、そして廃坑の中にいるであろう港町の倉庫から逃走した者達にも聞こえるように言う。
「衣食住のあて、ないんだろ? こちらで用意しろというのなら大人しく元いた場所に帰れ。倉庫にいた奴らも一緒に。あれ貴族の持ち物だからな? あれより上等な住居は用意できない。食事も抗議が来るくらい、お前らに渡してるからな、この状況で自分達で用意するのは厳しいだろ」
 施設で確かに彼らは閉じ込められ、魔法を封じられていた。
 だが、あの館の部屋は、貴族の客間といえる部屋だった。
 管理人、アゼム・インダーも加齢により認知機能が低下したため、ここで魔力を制御されて暮らしている。
 重犯罪者以外は、拘束されることもなく、室内では自由に行動できた。
 働かなくても食事が与えられ、寒さに震えることもなかった。
 倉庫に閉じ込められていた者達とはまるで違う待遇を受けてはいたのだ。
「俺がお前らの身元引受人になる、と話を付けてきた。
 最初は俺の下で警備隊の仕事に従事してもらう事になるが、お前たちの働き方や態度を根拠に釈放の交渉もしよう」
「強制労働か!? 俺らは犯した罪以上の処罰をもう受けてるってのに!」
「帰れ、クソガキ!」
 罵声が浴びせられるが、小屋の中にはナイトの話に揺れているものもいるだろう。
「とりあえず俺の監視下、という条件でだが今までよりは自由に動けるようになる。面会も交渉しよう」
 そして、ナイトはリベルとリルダ、共に訪れた交渉団のメンバーを手でさした。
「ここにいる奴らが証人だ……俺が言葉を違えればここにいる奴らが証言してくれるさ」
「ぼくは何もしてないのに、あの部屋に入れられたんだ。長い間出してもらえなかったんだ。どうしてまたあそこに行かなきゃいけないの~? あそこは本当に辛いんだよ。本当に本当につらかったんだ……」
 トゥーニャが不思議そうに、悲しそうに言う。
「俺だって、殴り合いの喧嘩をしただけだ。相手より俺の方が怪我大きかったのに、俺だけが脅迫罪となり、閉じ込められた。2年近くも!」
 魔力の高い者が、怒りの声を上げた。
「騎士団や、私に余裕がなかったからよ。申し訳ないとは思っているけれど……どうすることもできなくて、ごめんなさい」
「ふざけんな!!」
「アルザラさんがまとめてる時にはこんなことなかった! 無能なんだよ、てめぇ!!」
「余裕がないから、俺らを虐げたってことだよな? てめぇらの方がよっぽど犯罪者だ!!」
 リルダが謝罪をすると、脱走者たちは次々に騎士団とリルダの非を責めていく。
(勝手な事言いがやがって……! 罪も償わず好き勝手やる底辺の掃き溜め野郎共が。人質がいなきゃ全員処刑を進言するレベルだ)
 リベルは黙って罵声を受けながら、内心怒りで腸が煮えくり返っていた。
「余裕があったら、毒でも開発して俺らの食事に混ぜて殺すつもりだったんだろ!」
「騎士団員こそ人間じゃねぇ!」
「……あなた達の他にも、喧嘩や軽犯罪で捕らえられた人は沢山いる!」
 リベルより先にリルダがキレた。
 脱走者を指差し、言い放つ。
「喧嘩して捕まったアンタ! 相手を威嚇するために起こした強風で付近の人々が被害を受けている。アンタの力に恐怖して、不眠に陥った人もいた。
 他の人も同じ。魔力が高かったから差別したんじゃない。アンタ達は、今までの人生を身勝手に自由ばかり求め、一緒に生きている人々に合せようとしなかった。社会的信用を得ようとせず、信頼を築いてこなかった、常に武器を振りかざす如く魔力を抑えず生きてきた。だから誰もアンタ達を信じて、身元引受人になろうと名乗り出なかった」
 息を整えながら、リルダは続ける。
「軽犯罪なら、こんな手段を選ぶ前に、私を呼ぶことだって出来たはず。暴力で解決しようとしたあなた達が犯罪者じゃないというのなら、責任能力のない子供と同じ、保護対象者だわ。大人しく、施設に帰りなさい。騎士団に、保護してもらって、魔力を制御してもうのよ! 村を築いたって、自分達だけで生活に必要なものを賄うことなんて出来ないのよ? でも、そうやって力づくで自分達の意思を通し、大切な食糧を奪っていくあなた達と協力したいなんて、誰も思わないわよ」
「う、るせえ……っ。勝手なこと言ってんのはそっちだ!!」
「ダメだよ~。怒っちゃダメっ」
 魔法を放とうとするトルテを、トゥーニャが止めた。
「お前らが軽犯だったのはわかったが、重犯罪者も一緒にいるんだろ? 奴らと仲良くやれてんのか? 信用のない何しでかすか分からない奴らと一緒にいる気分ってどんなの?」
 リベルは感情を出さず、努めて冷静に言った。
「それなら、どちらの言い分が正しいか、町の人たちに聞いてもらいましょう」
 そう言ったのはアーリーだった。
「なあリルダさん。俺らが閉じ込められていた倉庫、もう沈んだんじゃないのか? あのまま、あそこに入れられてたら、どうなってたんだろうな」
 アーリーの後ろから、中年の男性が姿を現す。
 そして……。
「私が皆さんに話します。町民会議を開いてください」
 もう一人、少女が姿を現した。
「あなたは……サーナ、さん?」
「誰だ?」
 リベルがリルダに尋ねる。
「サーナ・シフレアン。神殿を管理していた家系の子よ。前神殿長の親戚。なんで彼女が……」
「領主と共に訪れていた騎士に、私は拘束をされ、重犯罪者とされてずっと閉じ込められていました」
「彼女が、こちらの代表よ」
 くすりと、アーリーが冷たく微笑んだ。
「町の奴らが、俺らがここで暮らすことを認めたら、文句ねえよな!? そん時は今までのこと詫びて、こっちが要求したもの全部、持って来い!」
 言い放った後、脱走者は風の魔法を放ち、交渉に訪れた者たちを退けた。

 一旦、離れたあと、振り返ってナイトは叫ぶ。

「生きるんだよ、こんな所で終われないだろ! 俺もお前たちも!
 海の底で果てるんじゃねえ、ここを出て空を見るんだ!
 お前らも空を望むのなら俺のところに来い、投降しろ!」


第3章 知らざる者

 交渉団は報告の為に急いで対策本部へと戻った。
 本部には珍しく、館の管理人のレイザ・インダーも訪れていた。
「なんでサーナちゃんが……。お前は知ってたのか?」
 報告を受けたバートがレイザに尋ねる。
「俺は洪水以来、結界の張ってある地上階には関わっていない」
 港町出身であり、洪水前から神殿警備などを担当していたバートも、館の管理人の家系であるレイザも、サーナ・シフレアンのことを知っている。しかし、捕らえられていたことは知らなかった。
「どういうことです?」
 バートは鋭い目を、護衛隊の代表へと向けた。
「保護していたのだよ。箱船出航後、障壁維持の要になるだろうからな、あの娘は。それに、彼女は洪水時、水の魔術師たちを妨害し、この地を沈めようとした重犯罪者であることに間違いはない」
 代表は薄く笑みを浮かべながらそう答えた。
「申し訳ありません。彼等の感情を煽ってしまったために、困ったことになってしまいました。それで、彼らに施設に戻るよう促すのがこちらの方針で、自治を認めることはないとのことですが……」
 リルダは脱走者たちの言葉や、彼等の望みを思い浮かべながら話していく。
「ご存じのとおり、障壁が狭まり、町もまた随分沈んでしまいました。
 再び事件が起きて、水の魔術師が減っていき、障壁が縮まる速度が増したのなら多くの人々が生活の場を失っていきます。体の弱い者は命を落としていくでしょう。
 最近、地震が増えていることにも、皆不安を感じています。山崩れが起きたり、家屋が崩れてしまうのではないかと」
 そんな中。頑丈で温かな個室を囚人に使わせ続ける必要はないのではないかとリルダは意見した。
「彼等は施設の外で暮らすことを望み、村を作って暮らすと、自分達だけで生きると言っています。それは彼等だけで成し得ることではありませんが、でも、やらせてはいかがでしょう?
 あの辺り一体から、出られないようにする必要がありますが……」
「そういえば、丁度ロスティン・マイカン殿が奴らの手の中にいるな。一先ず彼が看守を務めていることにしてはどうだ。屋外で服役させているとでも町の人々に説明しておけば良いだろう」
 護衛隊代表がリルダの発言に理解を示す。
 町も魔法学校の人々も、重犯罪者を含む囚人たちが脱走したという話を聞き、恐怖と不安におびえている状態だった。
「しかし、このまま騎士団員をここに割き続けることは難しい。空を飛べる者もいるから、更なる脱走を完全に阻止することもできない」
 バートは腕を組んで考える。
「出所は不明だが、魔法鉱石が少し手に入った」
 そう言ったのはレイザだった。彼は今日その報告に、ここを訪れたのだ。
「現在の結界を縮小し、その分の魔法鉱石も用いて、囚人たちの住処周辺に結界を張ることも出来なくはない。屋外では館とちがい、完全に魔法を封印することは難しいが、多少弱める事は出来るはずだ」
 しかし、その結界を張るまでに数か月は時間が必要になると、レイザは続けた。
「とりあえず、町民会議が終わってからだな。その後、どれだけ施設に戻ってくるかによる。だが、準備は進めておいてくれ」
 バートはレイザにそう言った後、護衛隊の代表に目を向けた。
「それで、こちらの弁論は、貴方にお任せできるのでしょうか?」
「騎士団はそれどころではないだろう? 他の方法で手は打つ。奴らには、主張を訴える場は設ける。それまで決して早まるなと伝えておけ」
 目を合わさずに、代表はそう答えた。

 

*  *  *



 サーナ・シフレアン脱獄の手引きをした1人である公国騎士カル=ウィルは立場を利用し、彼女について調べていた。
 しかし、一般の騎士が閲覧できる資料の中に彼女の名は一つも記されていなかった。
 彼女が捕らえられた経緯についても、領主の館には何も残されていない。
 サーナが脱走者、破滅を望む者たちと共にいるという情報が入ってから、カルは水の神殿に通い、調査を始めた。
 身分を明かして、集団脱獄事件の捜査のためとして、サーナの家族構成、交友関係について、長く水の神殿で働いている者に情報の提供を求めた。
「サーナちゃんは、洪水前までこの神殿の管理をしていた家の子だよ。前の神殿長はサーナちゃんのお祖父さんの弟さんだったかな、確か」
 魔法の才能に長けた、天真爛漫な明るい子だったと神官たちは口をそろえて答えてくれた。
 水の神殿はコーンウォリス公国がウォテュラ王国から独立する前に建てられたもので、サーナは当時の神殿長の子孫にあたるらしい。
 当時の神殿長はウォテュラ王国の王家の血を引いていたとのことだ。
「彼女の家族は、海岸や町で洪水を止めようとして亡くなったんだ。洪水後、誰もここには戻らなかった。
 サーナちゃんは、子供だったからその前に船で避難したんじゃないかな」
 そうであってほしいと、願うような口調だった。 
 当時、神殿も酷く混乱をしていて一般の神官で彼女の行方を知る者はいなかった。
 それならばと、カルは神殿長のナディア・タスカへの接触を試みることにした。
 神殿で殺人事件があったということもあり、彼女の側には騎士が1人護衛についている。
 食堂への移動のために、ナディアが護衛の騎士と2人きりで廊下に出たところで、カルは近づいた。
「公国騎士、カル=ウィルです。集団脱獄事件について調べています。先代神殿長の親戚、サーナ・シフレアンの行方について、貴女はご存知でしょうか?」
 突然の問いに、ナディアは訝しげに眉を顰めた。
「……知りませんが、何故?」
「2年前の洪水時、彼女はこの神殿にいましたよね? 彼女が何をして、どうなったのか……知っている範囲で構いません。教えてはいただけませんか?」
 カルは穏やかな口調で、ナディアに尋ねる。
「水の接近を知り、私達は水の障壁を張り、このあたり一体を護ろうとしました。その時、パニックを起こしてしまったのか、彼女は私達を妨害し、魔法具の発動を阻止しようとしました。そのため、騎士団に取り押さえられ、別室に連れていかれました。
 その後のことは知りません」
 行方不明者も死者も沢山出ていたため、彼女1人に対して気に掛けることはなかったと、ナディアはカルに話した。
「個人的に気にはなっていました……。脱走事件と何か関わりがあるのですか?」
 しっかりとした印象ながらも、不安が感じられる目でナディアはカルに尋ねてきた。
「その件については、我々騎士団に任せておいてください。神殿長、及び水の魔術師の方々は障壁維持に集中していただきたく」
 護衛にあたっていた騎士がナディアにそう言い、カルを厳しく睨んだ。
「聞き込みの指示は出ていないはずだ。任務に戻れ」
 カルにお辞儀をするナディアを連れて、護衛の騎士は食堂へと向かっていった。

 

*  *  *



 交渉団が帰った後。
 廃坑の中で、港町の倉庫から脱走した者が中心の犯罪者たちは、少ない食糧を奪い合うようにして食べていた。
「領主の館、まるごと奪えねーかな。最後は腹いっぱい美味いもん食って、女と遊んで死にたいよな」
「貴族の奴ら服従させてな!」
 そんなことを言い、笑い合っているが、実行できるわけもなく。
 彼等はこれまで、陽動と倉庫に捕えられた犯罪者解放以外の破壊活動を行っていない。重要施設を狙ったこともない。
 彼等の最初の目的は、絶望を迎えに行くこと――サーナの解放だった。
「そういえば、アーリーは?」
 タッカル・ミーリルの治療を受けていたウィリアムが、当たりを見回しながら尋ねる。
 アーリーとシャンティアの姿が見当たらなかった。
「外に飲み水を作りに行っている。館から脱走した奴らのところに、貴族の人質がいるようだし、あの娘はもう解放してもいいかもしれないな」
 タッカルは水の神殿で、先代の神殿長に仕えていた青年だ。
 この場所の深さを理解しており、水の上に、島は残ってないと広めようとして、捕まったという。
「ウィル、お前は彼女を連れて、ここから出ろ。脅されて、従わされていたと言え。……倉庫に捕まってる奴らの解放に力を貸してくれたお前を、恨む奴はいないさ」
「馬鹿なことを言うな。俺は自分の意思で協力した」
「体調を崩している者がいる。ここは酷く環境が悪く、じきに死者も出るだろう。
 それに、騎士団が俺らを殺すことはとても簡単だ。食事に毒を混ぜればいいだけのこと」
 そしてタッカルはウィリアムに、自分はサーナとアーリーに同行し、魔法でサポートするつもりだと話す。
 アーリーというよりも、サーナの助けとなるために。
「……そうか。治療、サンキューな」
 ウィリアムは礼を言って立ち上がると、洞窟の外へと向かった。

 

*  *  *



「少し仕事の整理しようよ」
 翌日。魔法学校に生徒を迎えに来たメリッサ・ガードナーは、練習と称してその日もレイザに回復を促す魔法をかけていた。
「先生はいないと困るよね? 人工太陽も主戦力なのかな?」
「教師の数は少なくない。人工太陽にも深く関わらないようにしている。発足当初は随分当てにされたが、もう大丈夫だ。2年間の間に生徒も皆成長したし、一人前になり卒業した者もいる」
 何故だろう、メリッサはレイザの言葉に何かひっかかりを覚えた。
「それでも館の管理と両立はきついよね。今は持ち主がお屋敷にいるんだし伯爵さん管理でいいじゃない。それかほかの親戚は? 兄弟は? お父さんは?」
 メリッサの矢継ぎ早な質問に、レイザは嫌そうな顔をする。
「いないの? なにしてるの!?」
「知らない」
 レイザの返答にメリッサが「本当?」というように、睨むようにじっとレイザの目を見詰めた。
「……体に蛇のような痣のある双子の姉がいたそうだ。生まれたばかりの姉と共に両親は王国に渡ったが、俺はここの後継者として残された、ということだ」
「痣のある女性って……もしかして、私レイザくんのお姉さん探してる?」
「いや、姉は随分前に死んだと聞いている。姉と同じ痣を持つ女性を探しているのは、その痣のある女性には自然の魔力の暴走を鎮める力があると聞いているからだ」
「そうなんだ……」
 単なる好みの子探しじゃなかったようだ。
 それならば、早く見つけないと……とも思うのだが、今までも決して手を抜いていたわけではなく。
「それで、レイザくんはどの仕事が一番大事なの? 自分が一番したい仕事、そこをまず優先させようよ」
 メリッサはテーブルにドンと手をついて、レイザに訴える。
「自由は大事だよ。偉い人に権力があるのは、自由を割いている見返りみたいなとこあるでしょ? 両方ないなんて損よ」
「そう言われてもな……」
「自由は勝ち取らなきゃ! こんな時だからこそやりたいことは悔いなくすべき。やりたいこと教えてよ。それもできるように手伝うよ」
 メリッサのその言葉に、レイザはくすっと軽く笑みを浮かべた。
「やりたいことは、もう代わりにやってくれてるじゃないか。女性の身体調査」
「……本当は自分で見たいんだ……? でもその協力は……うーん」
 覗きの協力はしたくないし、覗かせたくもないしと、メリッサは悩む。
「それは引き続きお前に任せるが、1人だけは俺が見定めなきゃならない」
「えっ、誰?」
 にやりとレイザが笑う。
「お前だよ。さっさと脱げ」
「……え?」
 メリッサはきょとんとした顔をした。
 そして焦りながら言う。
「ええっと、ちょっと今日はダメ。まだ準備が出来てないから」
 いつ覗かれてもいいように、体は磨いているのだけれど。
 痣が、痣をまだつけてないのだ。彼好みの身体になってない!
(あれ? でも好みの子探しじゃなかったんだからなくてもいいのかな?)
「準備ってなんだよ」
 レイザは可笑しそうに笑って立ち上がった。
「メリッサ」
 名前を呼ばれて、メリッサはどきっと緊張する。
「しばらく授業を休むことにした。次からの報告は館で聞く」
「えっ、魔法学校お休みするの? 館の仕事の方じゃなくて」
 教師はレイザにとって一番大切な仕事じゃないかと思っていたので、彼の言葉は意外だった。
「生徒が数人、脱獄事件の対策本部にいた」
 放っておけないのだろうと、メリッサはすぐに察した。
「それから、港町で事件を起こしていた火の魔術師が、脱走者と共にいることが分かった。そして、皆の前に出てくるということも」
「魔法学校の寮を燃やそうとした人だよね?」
 ああとレイザは頷いた。
 と、その時。
 大地が軽く揺れた。地震のようだった。
 小さな地震だったが、レイザは顔を曇らせた。
「……もう、あまり時間はないのかもしれない。俺は、彼女を捕まえに行く」
「レイザくんが? なんで」
 危ないことはしないでほしい。だからやめようよと、言いたかった。
「協力してもらうんだ。この地を守るために」
「悪いことしている人に? あ、もしかして痣のある女性なのかな」
「痣はないだろう。だが、あの女性はうちの血筋と同じ特殊な力を有し、行使することができている。それなら、ば……」
 言葉を切り、小さな呟きのような声でこう続けた。
「彼女に痣がなくても、やれるかもしれない」
 レイザの顔には、メリッサには理解できない複雑な感情が現れていた。
「一緒に来るか? うちの血筋の特殊能力で、お前くらい炎の熱から守れる」
「どうやって?」
「俺に直接触れているだけでいい」
 自分自身と、自分に触れている人物だけ熱から守ることが出来るのだと、レイザはメリッサに説明をした。
「じゃあ、レイザくんの腕掴んでるよ、それでいい?」
「ああ。……正直、バートや男の騎士と組むと微妙なことになるんで、お前が来てくれるとありがたい」
「そ、そうだね。あははははっ」
「はははは……」
 男同士、手を繋いで凶悪犯に挑む姿を思い浮かべ、メリッサ、そしてレイザも一緒に笑い声をあげた。

 

*  *  *



 対策本部にて、護衛隊の代表は集まった所属者にこう告げた。
「サーナ・シフレアンを町民会議に行かせてはならない。民には知らずとも良いことがある。彼女の存在と発言は、人々に混乱をもたらすだろう。
 要らぬ禍をもたらす行為をなんとしてでも止めねばならぬ。いかなる手段を用いても構わない。確実にとめるのだ」
 この場に集められたのは、罪なき民を守るために、非情に徹することが出来ると判断されたもののみ。
「箱船計画のみが、力なき民の唯一残された希望なのだ。生き残ったものは団結せねばならぬ。勢力が二分するようなことはあってはならないのだ」
 この中に、警備隊のメンバーはいなかった。
「汚れ役も、我等の役目なのだよ」
 護衛隊の代表の強い意志が込められた声が、響いた。

 

 

個別リアクション

『生きる望み』

『さよなら』


■次回NPCの行動予定(アクションにより変動)
バート・カスタル
別の事件(グランドの事件など)の指揮も務めており、多忙。
町民会議では会議室の警備を指揮。

レイザ・インダー
タイミングを見計らい、アーリーを捕縛するために動く。
魔法学校の授業は休んでいるが、人工太陽打ち上げの協力等、定期的に顔を出している。

リルダ・サライン
町民会議の主催、進行。

サーナ・シフレアン
町民会議で、捕らえられていたことを明かし、知りうる範囲で世界の状態について語ろうとする。

アーリー・オサード
サーナに付き添い、口添えをして民を破滅へ導く。
その後、もしくはその前でもチャンスがあればとある目的を果たし、希望を断とうと考えている。

■連絡事項
アディーレ・ペンペロンさん
リベル・オウスさん
サクラ・アマツキさん
ラストの秘密会議に呼ばれていたとしていただいても構いません。

ナイト・ゲイルさん
『著しく魔力を弱める手錠』の管理を任されています。
こちらには発動された魔法を防いだり弱める効果はないです。

マーガレット・ヘイルシャムさん
『指輪型魔力増幅装置』の管理を任されています。
ご自身での使用の他、所属者に貸すことが可能です。
NPCが認めた人物の他、マーガレットさんのアクション欄に名前のあるPCが使用できます。

エリザベート・シュタインベルクさん
12歳以下の子供の所属や手伝いは認められていないのですが、エリザベートさんに関しては引き続き情報提供などとしてナイトさんと一緒に行動していただくことが出来ると思います。

ロビン・ブルースターさん
交渉の姿勢が認められ、バート・カスタルにより、マーガレットさん管理の『指輪型魔力増幅装置』の使用が許可されています。

シャンティア・グティスマーレさん
ウィリアムさん
小屋、廃坑に戻ろうとした場合、魔力の高い者に感知され風で追い返されてしまいます。
ご行動に迷われると思いますが、重要な情報をお持ちですのでどうにか活かしていただければ。

イーリャ・ハインリッヒさん
アリス・ディーダムさん
ファルさん
前回の探索で見つけた鉱石を用いて作ったアクセサリーを受け取る事が出来ます。
ご希望がある場合、アクセサリーの形状について次回以降のアクション欄でご提案ください。
なければレイザが決めさせていただきます。
完成はメインシナリオ第6回~7回頃になると思います。

■第4回選択肢
・町民会議で発言する(サイドのストーリーに関係のある発言のみ)
・対策本部の方針に従い代表として犯罪者と交渉(公国騎士または準騎士として活動している方限定)
・犯罪者、脱走者達と行動を共にする(3回終了時一緒にいる方のみ選択可)
・洞窟の探索(前回までに関わった人、もしくは情報を得ている人、または前回までに関わった人の紹介のみ)
・~について調べる!(シナリオで見つけたものや、サイドのストーリーに関係のある人物について)
・~に聞きたい事がある!(サイドのストーリーに関係のある人物、話題限定)
・その他サイドのストーリーに関係のある行動



担当させていただきました、川岸満里亜です。
今回は第1章の最初の1シーンと洞窟探索シーンの執筆を鈴鹿マスターが担当されました。

さて早くも「滅びを望む者たち」は次回が最終回です。
次回の展開は後半のマテオ・テーペの状況に大きく影響を及ぼします。
サーナ・シフレアンの町民会議での発言がアーリー・オサードが望むように行われた場合、メインシナリオ後半は人々の精神状態がかなり悪く、荒れた状態でスタートとなります。
その他、様々な点において、マテオ・テーペ全体の結末に大きな影響を及ぼす重要な回かと思いますので、皆様ご協力の程よろしくお願いいたします!

次回は町民会議を取り扱いますが、町の運営や箱船計画につきましては、グランドの管轄となります。脱走事件関連以外のご提案、ご質問はグランドでお願いいたします。

出来れば掲示板で次回の行動概要をご発言いただけましたら、多くの方がとても助かると思います。
リアクションの見落としで、出来ないことや、状況に合わない行動をしようとしていた場合、気づいた方が教えてくれるかもしれません。
また、同じ結果を望んでいるのに、リアクションで足を引っ張り合う行動にならないよう、可能な方は相談をしていただけましたら助かります。

マテオ・テーペではダブルアクションを禁止させていただいております。
PC間の相談をメインシナリオのリアクション上で行いますと1ターン消費してしまいもったいないです。
掲示板などで相談可能なことは、アクション前に済ませておくことをお勧めいたします。
PL間交流でPC間の情報の受け渡しを行う場合は、必ず受ける側、渡す側両方のアクション欄にその旨ご明記ください。
お書きいただきましても、受け渡しできる状況ではなかった場合は、失敗する可能性もあります(片方が監禁中など)。

第4回のメインシナリオ参加チケットの販売は5月20日から5月30日を予定しております。
アクションの締切は5月31日の予定です。
詳しい日程につきましては、公式サイトお知らせ(ツイッター)や、メルマガでご確認くださいませ。

それでは引き続きどうぞよろしくお願いいたします。