メインシナリオ/サイド第4回
『滅びを望む者たち 第4話』



第1章 この地の謎

「ここがその洞窟です」
 これまで何度も探検してきたいつもの洞窟の近くで、アリス・ディーダムは傍に立つ男性にそう声を掛ける。
 今回は大人の力も借りて正式な調査をするために、魔法学校の教師であるレイザ・インダーに頼んでついてきてもらったのだった。これは、今回の参加者であるプルク・ロアシーノやもう一人の少年、そしてファルも同意済みのことである。
「ふむ。こんなところをよく見つけたな」
 声を掛けられたレイザは、少し感心した風も滲ませながらそう返した。
 それに対し、魔法学校の生徒でもありこの洞窟を最初に見つけたプルクは胸を張って自慢するが「子供だけでこんなところを調べるなんてもってのほかだがな」と言われてしまい、がっくりと頭を垂れた。
「とりあえず食事をしながら打ち合わせをして、それから行きましょう、お弁当、レイザ先生の分も用意してきたんですよ。最近お疲れでしょうから、栄養のあるものを色々詰めてみたんです」
「疲れてるように見えるか? 大丈夫だ。だがまあ、ありがたくいただこう」
 アリスが二人分のお弁当を差し出すと、レイザは苦笑しながらも礼を言い、予め用意されていた敷物の上に座った。それを見てプルクも、今回は寮母さんに作ってもらった! と大量のサンドイッチを出してくる。そちらはファルも含め、みんなで囲んで食べることになった。
 打ち合わせの内容は、これまでの経緯のおさらいから始まる。
 ファルとプルクは石板に書かれていた文字を読める人を探したのだが、読める人は誰もいなかったという話をした。レイザはそれに対して、おそらく自分も読むのは無理だとは思うが、念の為メモをもう一度とってくる必要があるな、と話す。
「後はあの洞窟の入口だが、さっき見た感じだと俺があそこを通るのは無理がありそうだな。どうするか……」
 確かにレイザは男性としてもしっかりした体格の方だし、身長も平均より少し高いくらいだ。子供たちや小柄なアリスでは入れても、彼ではかなり厳しそうだった。
「先生の魔法で、入口を壊して拡げればいいんじゃないか?」
 プルクが意見を挟むが、短絡的な、と言わんばかりに首が振られる。
「無闇に破壊すると塞がったり崩落の危険もある。それにうまくいったとしても、不用意に近づく者が増えても困る」
 ではどうするのか、というと、その場にいる誰からも良い方法は出てこない。
 結局、レイザは洞窟の中に入るのを諦めるしかない、という結論に行きついた。
 ただそれでは不安が残るので、プルクの身体に長い紐を結び付け、レイザに持っていてもらうことになる。何かあればすぐに引っ張って知らせるという按配だ。それで最悪の場合は入口を広げてでも助けに向かうということになった。
「先頭は落ち着いているファルに任せる。一番後ろは、風の魔法も使えるアリスにお願いできるか?」
 心配げに細かい指示を追加するレイザ。それに対し、アリスは「何かあれば私が風の壁を作って守ります、任せてください!」と力強く答えた。
「気合を入れるのはいいが、くれぐれも無理はしないように」
 心配そうに言うレイザのその言葉は、何よりアリスの力になる。
 そして、ファルを先頭にプルクら魔法学校の生徒二人、そして最後にアリスという隊列で四人は洞窟へと入っていった。

 道中は比較的楽ではあった。レイザはかなり心配しているようだったが、これまでに何度も探検している場所ということで、皆には慣れもあった。前回退けた岩の近くを通り、ほどなく石板のあった広間状の場所へと到着する。
 そこで四人は二手に分かれた。プルクとファルは前回見つけた人骨らしきものを確認するためにも先へ進み、アリスたち残り二人はこの場に残り、石板の写し取りや周辺の調査をしようということになったのだった。
 ファルとプルクが先へ進んでいくのを見送って、アリスは早速石板の写し取りを始める。少年は気になるところがないかあたりをざっと見回し始めていた。
「これは、なかなか大変ね……時間、掛かりそう」
 知らない文字の写し取りは、やってみるとこれが意外と大変だった。書き慣れていない文字は、絵を写し取っているようなものと変わりなかったからだ。少年の方は特に調べるべきところもなかったのか、広間をスケッチし始めている。少しでも情報を持って帰ろうという事らしい。

 一方、先へ進んだファルとプルクは、人骨らしきものがあった場所へとたどり着いていた。
 もちろんそこは、前回見た状態のままである。
 ファルは横に立つプルクをちらりと覗き見た。まだ少しおびえてはいるようだが、何とか気を保っているようだった。これなら心配はなさそうだ、と安心する。ただ、調べるのは自分がやった方が良いだろうとは思い、少し待っていてくれ、と声を掛けて人骨のすぐ袂へと近づいた。プルクは素直に頷く。
「やっぱり、人の骨なのは間違いない……」
 ファルの言葉は、そこで止まった。
 それは、間近で見た人骨に違和感があったからではなかった。座り込んで視線が低くなったことで、まだ先へ続く道のいたるところに、同じように骨らしきものが散らばっているのが見えたのだ。
 ファルが近くにある骨ではなく道の先を見ているのに気付いたのだろう、プルクも散らばっている骨に気付き、短く息を吸った。見てみると、少し血の気が引いている様子だった。
「何があったのか分からないが、せめても弔おう」
 ファルは誰に話すでもなくそう口にすると、その場で静かに葬送の舞いを踊り始める。このマテオ・テーペでは死生観は人により様々だが、それはファルのできる、そしてしたい精一杯のことだった。
 そしてそれは、プルクの心を落ち着ける効果もあったようだ。表情が、少し和らぐのがファルから見ても分かる。
 舞いを終えると、二人はどちらからともなく先へ進み始めた。骨はかなりの数が埋もれていて、少なくとも一人や二人がここで亡くなったというわけではないようだった。
 そうなると、気になるのは死因である。十分に気を付ける必要があった。
 そこから先は下り坂になっていた。二人は慎重に歩みを進める。
 プルクが紐の長さを気にし始めたが、しかしその心配は杞憂に終わった。
 道が、塞がっていた。塞いでいるのは、これまでの壁とは違う材質だった。明らかに後から塞がれたような状態である。
 ファルはその壁に触れてみる。周囲の土壁よりはかなり硬質なそれは、流れ込んだ溶岩が固まってできたもののようにみえた。それにより、道がふさがってしまったようだ。
 その時だった。ファルの鼻が何か違和感を察知する。
 それは普通に生活していて嗅ぐことはない、異臭だった。
「変な臭いがする。急いで戻ろう」
 ファルのその言葉にプルクも頷き、二人は急いで来た道を戻るのだった。

 広間へ戻ると、ちょうどアリスも石板の写し取りが終わったところだった。
 ファルは異臭のことを話し、急ぎ戻るべきだと話す。それを聞いて、アリスが念の為にと広間の出口に風の壁を作って時間稼ぎをしつつ、四人は入口まで戻った。
 入口では、レイザが見送った時の心配げな顔のまま待っていた。四人全員の姿を確認すると、ほっと息をつく。
 どうだった? と彼は聞いてくる。ファルが戻ってきた理由を話すと、火山性のガスかもしれない、早めに戻ってきたのは良い判断だ、と返した。
「なんとか、石板の写し取りは終わってます。どうでしょう、読めますか?」
 話が落ち着いたところで、アリスがメモを渡す。合わせて、これも! とアリスと一緒に広間でスケッチをしていた少年が、スケッチと以前手に入れた本を渡した。
 レイザはそれらを受け取ると、難しい顔をして一つずつチェックを始める。
 しばらく、沈黙が流れた。四人はじっと、レイザの反応を待つ。
「全く――読めないな。何のために作られた洞窟なのかも解らない」
 どれくらい時間が経っただろうか、ようやくレイザは顔を挙げて、そう話した。
 しかし、その顔に現れた逡巡をアリスは見逃さなかった。
「何か、隠されていますよね?」
 彼女のその言葉に、レイザの顔はより苦々しく変化した。そして、仕方ないな、という表情と共に彼は再び口を開く。
「ほとんど読めないのは間違いない。だが、本に書かれた並んだ数字は何とか分かる。どうも神殿関連の日誌か何かのようだ。あと石板の文字はさっぱりだ。しかし、誰か読める者がいるかは探してみる。ということで、この二つは預かる」
 断定するようなその口調は、反論を許さないといった雰囲気を滲ませていた。
「なら、読めたなら、内容ちゃんと教えてくれよな、先生」
「お前達が神殿に忍び込んで泥棒をしたってばらしていいのなら、教えてやるよ」
 そんな雰囲気を少しでも変えようとしたのか、プルクが軽い調子で話しだす。レイザもそのノリに乗っかっるように言葉を返した。
「とりあえず、今回はここで終了にしよう。今後は、そうだな、きちんと調査団を組んで調査に入るようこちらで進める。もちろん、何か発見した時にはお前達にもちゃんと報告をするし、重大な発見でもあったら、褒美がでるかもしれないぞ」
 続けて話したレイザのその言葉にプルク達魔法学校の生徒二人は大袈裟に喜んだ。その辺り、やはりまだ四人の中でも二人は幼さが目立つ。
 ただやはり、レイザの話し方はアリスには何かをごまかすような対応にしか見えなかった。

 魔法学校の寮の前まで戻ってくると、レイザは寮に戻る二人と自宅へ帰るファルを見送った。
 だが、アリスは動かない。
「お前は帰らないのか」
 立ち去る寮生の二人を見ながら、レイザが声を掛けた。彼女も寮生なので一緒に戻ればいいはずである。
「まだ……隠してること、あるんじゃないですか?」
 アリスのその言葉と表情には、絶対に退かないという気持ちが表れていた。
「――洞窟のことか。子供には話せない内容かもしれない……お前が子供ではないというのなら、また今度、俺のところに聞きに来い」
 それだけ話して、レイザは去っていった。

 

*  *  *



 温かい部屋の中に、シャンティア・グティスマーレは帰ってきていた。
 だけれどここは、彼女が帰りたがっていた自室ではなく、騎士団の詰所の一室だった。
 ウィリアムがシャンティアを背負って、人道まで連れてきてくれたのだ。
 その際、偶然出会ったマーガレット・ヘイルシャムにシャンティアを預け、ウィリアムは自首した。
 彼は別室で取り調べを受けている。
 シャンティアはアーリー・オサードから渡された手記を誰にも渡さなかった。
 守るように、胸の前で握りしめていた。
「もう大丈夫ですよ、お嬢様。ご両親がとても心配しておられます。お話が終わったら、戻りましょうね」
 温かい飲み物を淹れ、そうシャンティアに話しかけてきたのは、彼女を落ち着かせるために呼ばれた、館のメイド長だった。
 メイド長は清潔で可愛い服を早く、早くと震えていた彼女に、館から持ってきた服を着せて、髪を梳いてくれた。
「無理やり服、脱がされて……すごく、とっても……怖かった、です」
 シャンティアは犯罪者たちが自分にしたこと、言ったことを覚えている限り、話していく。
 警備隊の隊長であるバート・カスタルはシャンティアを怖がらせないよう、壁際で静かに話を聞いている。
「帰りたい……帰りたい。でも、ダメ……アーリーをこのままにしては、ダメ」
「はい。騎士団の皆様がすぐに捕まえてくださいますよ」
 メイド長の言葉に、シャンティアは首を左右に振る。
「アーリーは……怖いけど、可哀想な人。か、可哀想なのが可哀想なままなのは……ダメだと思うんです」
 シャンティアはゆっくりと、ウィリアムから指示されたこと、そして自分自身が伝えたいことを、話しはじめる。
「アーリーは多分皆が知らない、凄い……とっても、大事なことを知っています」
「どんなことですか?」
 メイド長が尋ねると、シャンティアは握りしめていた紙を広げて見せた。
「アーリーはずっと……被害側の一族だったのかも、しれません」
 バートもそっと近づいて、紙に目を通した。
 アーリーから受け取ったというその紙――アーリーの曽祖父の手記には、概ねこのようなことが書かれていた。


 かつて、この地には、強い火の魔力を操る一族が暮らしていた。
 一族の中には、常に体に龍のような蛇のような痣を持つ女性がおり、聖女と呼ばれ、崇められていた。
 聖女は二十歳になる頃に、山から溢れる魔力を鎮めるため、山の火口に身を投げるのが慣わしであった。

 およそ100年前。子どもを宿した聖女と恋人がウォテュラ王国に連れ去られてしまった。
 やがて火山が大噴火し、この辺り一帯は滅んだ。
 一族の中で生き延びたのは、ただ一人の子供のみ。
 後に、その子はアルザラ港町の住民に保護された。

 王国に連れ去れた聖女は、子供を出産したのちに戻ってきて、恋人と共に魔力を鎮めたと思われる。
 その20年後は、王国に残された聖女の子供が、自らの子――新たな聖女を犠牲に、この地を火の魔力の暴走から守ったと思われる。

 火の魔力を鎮めるには、少なくとも、聖女と一族の力を有する者の2人の命が必要となる。
 徴を持つ聖女と、マグマの底の力の発生点まで聖女を連れて行く存在。地上に戻る手段はない。

  アーリー、君に痣がなくて本当によかった。
  痣を持つ子を産んではならない。
  痣を持つ子は、一族の女性からしか生まれない。
  私たちに家族を犠牲にし、王国の民を救う理由など、ありはしない。
  君は異性を愛してはならない。子供を産んではならない。
  家族を儲けてしまった私を許してくれ。



「アーリーは怖いけど、可哀そうな人……」
 シャンティアは怯えた表情のまま、同じ言葉を繰り返した。
「アーリーはわたくしたちを、自分から解放しました。そして、自分が死んだあと、希望がないのだと広めるようにと言いました。死ぬのかもしれません」
「会議の場で、一般人を巻き込んで……でしょうか」
 メイド長がバートに目を向けた。
 バートは眉間に皺を寄せて、考え込んでいる。
「人が死んだり傷ついたりするのを見るのはつらい」
 だから、人がいない場所に行きたい。
 自室に独り、籠っていたい。誰とも会わずに。
 シャンティアは頑固で我が儘だけれど、優しい心を持っていた。
 アーリーに従っていたのは、ただ、彼女が怖かったからだけじゃなかったのかもしれない。
「アーリーの……側に、いてあげなければいけない……でも、わたくしじゃ、ダメ。
 帰りたいです……帰りたいです」
「わかりました。帰りましょう。ご両親のもとへ」
 すぐにシャンティアは首を左右に振る。
 両親のもとに帰りたいのではない。
 誰もいない、自室に帰りたい。
 だけれど、それではいけない気もする。何か……何か、しなければいけないことが、在るような気が。
 館に閉じ込められて守られていてはいけない、そんな気持ちも芽生えていた。

 事情聴取を終えたバートに、マーガレットが近づいた。
「町民会議の前に、破滅を望んでいる方々と折衝する機会を持つ必要があると思います」
 マーガレットの意見に、バートは頷きはするものの、難しい顔をしていた。
「真正面から相手方に掛け合っても難しいでしょうから、事後承諾が良いかと。彼等に協力をしていたウィリアムの要請という体裁をとって、その場に彼も同席させるのです」
「なるほど……」
「はい。彼は仲介者であると同時に人質です。これなら相手側も着席ぐらいはするでしょう」
「人質? うーん、イマイチというか、全く状況がつかめない……」
 バートは情報の整理ができず、軽く混乱していた。
 絶対的に何かが不足していて、どう動けばいいのか判断ができない。
 また、自分の手におえる話ではないということも分かっており、正直団長に報告をして、指示を仰ぎたいところなのだが、上から下される命令に従っているだけでいいのだろうかという疑問も生まれていた。
 隊長でしかない自分は、独断は許されず職務命令には忠実に従わなければならないというのも、よく理解しているのだが……。
「サーナは多感な少女時代に投獄されて心に傷を受けているでしょうし、アーリーも、死を覚悟した者は死ぬ前に親しい者にこれから死ぬとは言わないものです。止められるに決まってます。ウィリアムに手記を見せたのは、止めて欲しい気持ちの表れとも取れます。二人には死ではなく、心の癒しが必要です」
「サーナちゃんについては、君の言う通りだと思う。一刻も早く保護して、話を聞いてあげたい。しかし、ウィリアムとアーリー・オサードについてはどうだろう。これも彼女の計画かもしれない」
「その可能性もないとは言えませんが……ところでカスタル卿、サーナ・シフレアンと親しかったのですか?」
 サーナは初代神殿長の子孫であり、ウォテュラ王国の王族の血を引いているという話を対策本部で聞いている。
 マーガレットは港町出身のバートが親しげにサーナの名を呼ぶことに違和感を覚えていた。
「ガキの頃から神殿にはよく見学に行っていたし、騎士見習い時も神殿で働いてたんだ。だから、サーナちゃんのことは幼いころからよく知っていて、結構懐かれてた。見習いの仕事には、貴人の世話というのもあってな、子守したり遊び相手になってあげてきた」
 サーナはとても明るい子だったとバートはマーガレットに話した。
 また、避難したバートの弟ともサーナは親しかったという。
 弟たちと同じ船に乗って避難したと思い込んでおり、監禁については全く知らなかったとのことだ。
「それでしたら尚、彼女達が皆の前に出る前にお会いして、お話を聞いてみなければなりませんね」
 マーガレットは軽く視線を落とすと、見たことのない二人と、彼女の周りの人々を思い浮かべながら言う。
「本当に絶望した者は目を見ればわかります。昔の私がそうでした。
 死んだ魚の目と言うのは陳腐な表現ではありますが……」
 ウィリアムから聞いたアーリーの目はそういうものではなかったと、確信していた。
「だいたいあの二人、健康な身体に生まれて、想ってくれる人もいるのに、いったい何が不満だというのですか」
 マーガレットは顔を上げて、バートを見上げた。
「そう、思われませんか、カスタル卿?」
 バートは少し困ったような表情をしていた。
「俺は結構単純だから、そういう女性の繊細な心ってよく分からないんだよな……。
 君に意見をもらえるよう、きちんと話を聴いてくるよ」
 そうして、バートはマーガレットを館へと帰らせた後、打ち合わせの為に、部下を伴い、リルダ・サラインの家へ向かった。

 館へと向かう馬車の中。
 シャンティアは震える体を自分自身で抱きしめながら、アーリーのことを思い浮かべていた。
 最後に見せた、辛そうな声と顔。決意とも思える、言葉。
「アーリーが、絶望って言っていた絶望は……本当に、ただ絶望という意味なのでしょうか」
 シャンティアも世界に希望を見いだせない。
 だけど、アーリーのように積極的に絶望に向かわなくても、絶望は勝手に向こうからやってくると、解っている。
「ここは閉ざされた、終わりを待つだけの……世界なのですから……」

 

*  *  *



 町民会議の準備に勤しむリルダ・サラインのもとに、騎士のアディーレ・ペンペロンが訪れ、手伝っていた。
「会議を遅らせることはできないの? 拘束もしていない犯罪者をここに呼ぶのは危険よ」
 会議の会場は、普通の木造の会館であった。
 アディーレは会議開催が決定してすぐに、リルダと接触を持ち、会議場に結界を張ってはどうかと持ちかけたのだが、会議までの時間が短く、準備期間が全く足りなかった。
 結界を張るために必要なものは、「開発者」「術者」「鉱石」だという話を、アディーレは施設の地下に住む老人から聞いていた。
 対策本部でのレイザ・インダーの話しからして、その全ては彼のもとに揃っていると言っても良いのだが、魔法具の製造、設置は数日、数週間で出来るものではないらしい。
「そうね……。だけれど、このままだと騎士団が強硬手段を採らざるを得なくなりそうだし。彼ら、犯罪者だけれど、町の住民だから。何人かは本当に不当に長く拘束されていたようなのに、助けてあげられなかったのも事実だしね」
「この町って、あなたの家が治めていたんだっけ?」
「代々漁業組合長を担っていたアルザラ家が町長といえる立場にいたの。私たちの祖先がここに移り住んで、町を作って繁栄していったのよ。身分とか戦争も無縁な、自治区だったわ」
 2年前。
 何もかも、全て変わってしまう前は。
「それで今は、アルザラ家の人は、リルダさんだけなのね?」
「ええ、私だけになってしまったわ。アルザラ家は領主の伯爵や館の管理人であるインダー家とも血縁関係にあるみたいだから、私が生きている限り、私がまとめ役を務めるのが良いんだと思う」
 血を引いているという理由だけではなく自分自身も、町の大切な仲間たちと共に生き残るために、精一杯努力し、足掻いていきたいのだと、リルダは言った。
「そうね。正解なんて判らないけど……あたしは、あなたを信じる」
 町民を守るために、この人は必要な人だと、アディーレは改めて感じた。
 火の魔術師であるレイザは会議に出席すると聞いているため、とりあえず火を操る犯罪者は彼と魔術に優れた騎士に任せる事が出来るだろう。
 当日、自分はリルダの護衛につき、状況を見て犯罪者の身柄確保に動こうと考えるのだった。

 

*  *  *



「基礎を忘れていたんだ」
 魔法学校生の小さな不良、ヴォルク・ガムザトハノフは補習から何か掴んだ気がしていた。
「目の前しか見えなくなる程の集中は集中じゃない、全体を見渡すことなんだ。風使いなら一番必要なことだ」
 自分に足りなかったのは冷静さだと。
 風の圧縮が肝なのに、対象への攻撃に心を奪われたから、思うように成果が得られなかったのではないかと。
「俺に足りなかったのはここ。怒っていてもクールに」
 OKヴォルク、お前なら出来る――。
 攻撃魔法の練習は厳しく禁じられていたため、ヴォルクはイメージトレーニングに勤しんでいた。
「うん、風の玉を踏みながら爆発させれば、きっと凄く加速するよね
 更にさ、両手で風の玉持って、それを合体さされば、少し甘くても十分圧縮出来るよね」
 更にそれを零距離で解放すれば……。
 ヴォルクはイメージを膨らませながら、実践を夢見ていた。
「この距離つめての攻撃の流れは、クリークヴォルカにキマリだな!」
 言ってヴォルクは、得意げにメリッサ・ガードナーを見上げた。
「どうだメリッサ、カッコイイだろ」
「……え? あ、うん。そうだね」
 メリッサはそう微笑んでくれたが、心ここに非ずというような不安げな表情だった。
(くそう、メリッサをこんなに心配させやがって!)
 ヴォルクはメリッサの手をぎゅっと握りしめた。
 メリッサはヴォルクに不安を吐露してしまっていた。
 レイザ・インダーや彼に関わる様々な情報を聞いてしまったから。
 レイザくんがいなくなりそうで怖い、と。
「ヴォルクくん……」
「何と言われようとついていくからな!」
 ヴォルクはメリッサを姉と慕っている。
 家族が目の前から消えるのはもう嫌だった。
 何が何でも、ついていってメリッサを護りたいと思っていた。

 しかし――。
「子供を連れていけるはずがないだろ。メリッサ、お前ヴォルクに何を話した」
 レイザはヴォルクの同行を許さなかった。
 レイザがメリッサを誘った……同行を願ったのは、主に彼女の優れた地の魔法の能力を買ってだった。
 特殊能力の使用には、通常の魔法と同じように、集中、精神力、持続するための体力が必要になる。メリッサの同行に関しては、彼女を守る分レイザは力を消費するが、彼女の能力で十分補えるえるはずだった。
 才能があろうが子供なヴォルクはレイザにとって守るべき対象であり、あらゆる意味でレイザの行動の妨げになってしまう。
 更に同行時に彼が攻撃魔法を放って被害を出そうものなら、お縄になるのはレイザだ。
「うるさい、自己犠牲な空気出しやがって、そんなの許さぬ!」
 ヴォルクは絶対に譲らない。断固ついていくと言い張った。
「子供には聞かせられない話もある。お前が一緒では打ち合わせもできない」
「俺は絶対にメリッサ姉を守る。レイザだって無敵じゃない、だいたい男か女かわかんない髪型しやがって」
「……」
 メリッサはヴォルクの気持ちを無碍には出来ず、何も言えない。
「教室に戻れ、ヴォルク」
「授業中になんで教室に行かなきゃなんないんだ。それにな、不死鳥は死なないから不死鳥なんだよ!」
 ヴォルクはレイザがなんと説得をしようとその言葉を理解することなく、良く分からない主張をしながら、絶対にメリッサの側に居ると言い張る。
 しばらくその状態が続き……。
「わかった。やめる」
 レイザはそう言ってため息をつき、メリッサを見た。
「契約の仕事も変更する。ヴォルクについててやれ。俺の代わりに生活指導と、魔術を学ぶ者の心得をコイツに教えてやってくれ」
「でも、それじゃ……!」
「守るべきものがいるのなら、それを優先しろ。お前を危険な目に遭わせるようなことに付き合わせない。捕縛も騎士団に任せる。それでいいだろ」
 それからレイザは身をかがめて、挑戦的な目でヴォルクに言う。
「いいかヴォルク、姉を守りたいのなら俺のもとにいかせるな。しっかり捕まえて守り通せよ」

イラスト:クロサエ
イラスト:クロサエ

「なにを……!」

 レイザはにやりと笑みを浮かべる。
「じゃないと俺は、お前から大切な姉を奪いとり、彼女を泣かせる。部屋に連れ込んで、服を脱がせてな。クククククッ」
「!! !! !!!」
「あ、あれ? レイザくん、なんかそれも子供に聞かせられない話なんじゃ……」
「そういうわけだから、お前ら魔法学校へ帰れ。こちらで身柄を確保したかったが、諦める。……情報が騎士団に渡ったみたいだしな」
 そう言うと、レイザはメリッサとヴォルクに背を向けて館へ戻っていった。


第2章 町民会議

 領主の館の外れに存在する、堅牢な建物から脱走した囚人たちは、狭い小屋の中で今後の交渉について相談をしていた。
 魔力の高い囚人の意思は、脱走の発案者であるトルテと一致しており、自分達の町を作り、自治することを皆に認めさせるというものであった。
「まずは軽微だの疑いだけだので長期拘留されてる奴は明らかにおかしいと主張だ。その補償では当面の食料と魔法鉱石確保に持ち込もう」
 人質のはずのロスティン・マイカンが、脱走者たちに提案をしていく。
「通常の犯罪について今までの拘留を差引き、残りを何らかの形で償わないとな……。
 ナイトとかいう奴が身元引受するとか言ってたよな。あれに便乗、魔力とか必要な時手伝い等労働を対価としてさらなる罪の軽減と不干渉地域の交渉」
「うん、それいいねー。騎士団の監視下で働くっていうことで……。ええっと、ここに町を作る目的としては、地域の食糧生産の増加を目的としてってことでどうかな?」
 容疑者として監禁されていたトゥーニャ・ルムナの提案に、脱走者の多くが頷くが……。
「ただ、騎士に従う気はない!」
「身元引受とか冗談じゃねーよッ。そっちがもっとちゃんと調べて、不当な拘束を詫びに来いっての!」
「んー、でも、僕たちは食べ物を貰えてるから、生きてるんだよ? 1人で生きてる訳じゃない。1度冷静になろうよ、ね?」
 トゥーニャはそう言って、皆をなだめながら今後も食糧をもらったりするのなら、どのみち騎士団の監視下にいるのと変わらないと話していく。
「食糧もらうのは自活できるようになるまでだ! 不当な扱いを受けてきたんだから、それくらいは当然だろ」
「自分達で生活できるようになるまで、ずいぶんとかかると思うんだ。だから、それまでお世話になってるって気持ち、忘れちゃいけないんじゃないかな?」
 不服そうながらも脱走者たちはトゥーニャに反論はしなかった。
「まあ、罪が軽いのに不当な扱いを受けてた人としてはそう思うだろうし、それぞれ不信感や不満もあるだろうが、魔力が上でも騎士団には人数や装備で負ける」
 ロスティンがそう言うと、脱走者たちは黙り込んだ。
 本気で攻められたのなら適うはずがないというのは、誰でも解っている。
「だから。あっちの悪い点は正し、こっちも罪等の悪い分は償う。それで手打ちに持ち込もう。自由と自治のためだ。魔法も限界あるしな」
 渋い顔をしている脱走者たちを励ますかのように、ロスティンはこう続ける。
「当面は神妙な顔して真面目にやればいいんだよ。俺も出来る限り手尽すからな」
「……ああ、あっちが俺らの主張認めて、謝罪と補償に応じれば、こっちもまだ刑期が終わってない奴らの分、償いでもなんでもしてやるよ」
 トルテがそう言い、他の脱走者たちも納得したようだったが。
 これから開かれる町民会議で、脱走者達の不当な扱いを受けたという主張が認められなければ、人質をとって立てこもり続けている彼等に騎士団が譲歩することはないだろう。

 

*  *  *
イラスト:雪代ゆゆ
イラスト:雪代ゆゆ

 町民会議当日。
 夜が明けたばかりの時間帯に、ラトヴィッジ・オールウィンは、サーナ・シフレアンを外へと連れ出していた。
「俺は、アーリーが死を心から望んでいるとは思えない」
 ラトヴィッジはいつになく、真剣な面持ちだった。
「覚悟を決めた人の目を見た事がある。彼女の目はそういう目ではなかった」
 避難する船に乗り込む家族を見送った人たちは、悲しいけど、強い光を宿した眩しい瞳をしていた。
 ラトヴィッジが見たアーリーの目は違った。
 だからあんな昏い目をしているのだと――何か理由があるはずだと感じていた。
「サーナはアーリーに負い目を感じてて、友達として罪滅ぼしをしたい。だから意思を尊重するのだろう?」
 サーナはきゅっと口を閉じて、俯いた。
「でも、それじゃ駄目だ。友達なら、好きならば、アーリーが死を望んだとしても止めなければ、喩えそれで恨まれても。……辛くても」
 涙をこらえて、サーナは目を閉じる。
「俺も君に嫌われる覚悟を持ち、今話してる。正直、君に嫌われるのは怖い」
 ラトヴィッジの口調と表情が、切なげな色を帯びていく。
「でも君に後悔して欲しくない」
 サーナの頭に手を置いて、彼女を仰向かせた。
 彼女の目には深い悲しみと苦しみと、そして迷いが表れていた。
「どうしたらいいのかわからないなら、一緒に考えよう」
 ラトヴィッジが見詰めていると、サーナは唇を震わせながら声を発した。
「言えないことが、あるの。アーリーのこと、誰にも言わないって約束して、友達になってもらったから」
「アーリーには何か秘密があるんだね?」
 ラトヴィッジの問いかけに、サーナはこくりと頷いた。
「彼女とはどのように知り合ったんだ?」
「偶然、町で。人混みの中で体が触れて……バチッとなって」
「バチッと?」
「特別な力を持つ違う属性の一族同士が触れ合うと、魔力が反発してバチッとなることがあるの。もしかしてって思って、追いかけて。ただ嬉しくて。会えた事が嬉して……何も知らずに付きまとって、そして話を聞いて、友達になってもらったの」
 サーナは悲しげに、目を潤ませて話していく。
「アーリーが死にたいって理由、私、わかるの。でも、ただそれだけじゃないのかな? アーリーは何かしようとしているの?」
「何をしようとしているのかは、解らないけれど……。彼女のいう通りに動いていたら、皆不幸になる。そんな気がするんだ。サーナは会議でどんな話をするつもりなんだ?」
「私が捕まった理由。それから皆の代表として、魔力の高い人たちが、弁明の機会も与えられず、長く拘束され続けていたってこと。アーリーに他に何か話せとは言われてないわ」
 彼女が捕まった理由。
 それを町の人が知ったら、どうなるだろうか。
 恐らく、混乱が起こる。アーリーの狙いはそこか?
 ラトヴィッジは考え込む。
「ここで王都から来た騎士と交渉しても、またあの部屋に……ラトヴィッジとは別々に閉じ込められるだけ。だから、町の人たちに話して、解ってもらわないと……」
 解ってもらう……? 水の神殿の力は障壁に使ってはいけないと?
 はいわかりましたと、答えるものなどいるわけがない。
 考えても良案など浮かばない。ラトヴィッジは頭を左右に振った。
「町の人には、言わない方がいいのかもしれない。事態をより悪化させるだけだから」
「でも、私以外、出来ないと思うの。ここの皆は……町の人からも見捨てられた存在だから。町民会議で意見を通す力なんてないわ。それに……」 
 サーナはラトヴィッジをじっと見つめた。
 彼女は深く思い悩んでいた。
 世界の事は勿論、全て明らかにして神殿に戻ることができなければ……自分の騎士になってくれた、彼はどうなるのだろうと。
 自分が重犯罪者のままならば、彼は重犯罪者を脱走させて、共謀している重罪人である。
 このままではいけない。だけどもう本当に、どうしたらいいのか分からなくて。
「傍に居て。私は、それだけでいい」
 サーナが手を伸ばして、ラトヴィッジの手を握りしめた。
「一緒に戦おう。何度躓いても俺が支える。共に歩く。俺は君の騎士だから」
 ラトヴィッジは両手で、サーナの手を強く握り返す。
 サーナは首を縦に振って、出来るだけ町の人々を混乱させないような言葉を考えてみると、約束をした。

『サーナ・シフレアンを町民会議に行かせてはならない。民には知らずとも良いことがある。彼女の存在と発言は、人々に混乱をもたらすだろう。
 要らぬ禍をもたらす行為をなんとしてでも止めねばならぬ。いかなる手段を用いても構わない。確実にとめるのだ』
 それは一部の対策本部所属者に下された命令だった。
 会議当日、「本当にどんな手を使ってでも止めていいんだな」と確認し、護衛隊代表の言質を取ってから、リベル・オウスは町へと出発した。
「新入り、忠告しておく」
 正面から向かうと言ったリベルに、同行を申し出た青年騎士がいた。
「なんだ」
「どんな手段で止めても構わないが、騎士団を貶めるような方法を取った場合、消されるのはお前の方だぞ」
 自分達は互いにその役目も負っているのだと騎士はリベルに暗に伝える。
「……わかってる。それで、だ」
 リベルは護衛隊の代表だけではなく、警備隊隊長のバートやマーガレットとも接触を持ち、情報を得ていた。
「さっき、警備隊の奴らに聞いたんだが、どうやらサーナ達の説得をするらしい。正面から戦えば、こちらも相応の損害を受ける。だが、説得できればノーリスクで目的が達成できる可能性がある。失敗しても正当防衛でその場で捕縛なりなんなりどうとでもなるだろ?」
「そうだが……」
「なにより「どんな手を使ってでも止めろ」と言うのなら説得も立派な手段の一つだ。まずは、奴らに任せよう」
 そうリベルが提案をすると、青年騎士は少し考えた後「了解」とだけ、短く答えた。

「……会場まで、護衛させてもらう」
 リベルは青年騎士と共に、町民会議へと向かう犯罪者を待ち伏せて接触を果たした。
 手配してあった馬車へといざなうと、サーナたち一行は意外とすんなり従った。
(もしかして……ナメられてる?)
 怒りの感情がふつふつとリベルの中に湧き上がっていく。
 サーナについては良くは知らないが、彼女に続いて馬車に乗り込んだ女は、魔法でリベルの身体を焼き人々を苦しめた、リベルにとって倒すべき犯罪者だ。
 多少事情は聞いたとはいえ、怒りの感情は消えはしない。
 心の奥に封印し、押しとどめながらリベルは馬車に乗り込む。
 馬車の中には、サーナと、ラトヴィッジ、アーリーとタッカル・ミーリル、そしてリベルの5人が乗り、青年騎士は御者台に乗った。
 馬車の中では、誰も何も話さなかった。
 馬車は真っ直ぐに町へと向かい、昼前に町へと到着した。
 しかし、馬車が停まった場所は、会議場ではなく、隣の空き家――騎士団の詰所前だった。
「嵌めてくださったのかしら」
 アーリーが嘲るよな口調で言い、冷たい笑みを浮かべた。
「そうじゃない、ただの控え室だ。会議までまだ時間あるだろ」
 言って、リベルはドアを開けて先に下りる。
「久しぶり、サーナちゃん」
 その先に……待っていた人物を見て、サーナは目を見開いた。
「バート!」
「会議より先に、話を聞かせてくれないかな?」
「騎士団になんて、何も話すことはないわ。適当な理由をつけて、彼女を拘束するつもりなのでしょう」
 馬車から下りようとするサーナを制して、アーリーが前に出た。
「騎士団ではなく、彼の要請だ」
 言って、バートは詰所の中を指差した。
 そこには、拘束された状態のウィリアムの姿があった。
 一瞬、アーリーの目が険しくなった。しかし彼女はすぐに目を伏せた。
「いいわ。もういいわよ、どうでも」
 投げやりな言葉と共に、タッカルと共に馬車から出る。
「こっちからも俺一人は同席した方がいい。見極める必要がある」
 リベルが御者台の青年騎士に言う。
「俺はここで警備に当たっている。……成功を祈る」
 頷いて、リベルはアーリーとタッカルを連れて詰所へ向かう。
「バート! 生きてたのなら、どうして来てくれなかったのっ」
「ごめん、知らなかったんだ。……それでラト、なんでお前まで、ここにいる」
 サーナの側にいるラトヴィッジを見て、バートは困惑顔で苦笑する。
「それは……とにかく、バートさん、サーナの話を聞いてくれ」
 警戒を怠ることなく、ラトヴィッジはサーナの手を引いて彼女を守りながら詰所へと入った。

 人数分の椅子もない簡素な部屋で、一同はにらみ合うように立ち並んだ。
 部屋にはウィリアムの他に、レイザ・インダーの姿もあった。
 彼もまた、マーガレット経由で事情を聞いている。
 まず、バートはシャンティアから聞いた手記の内容を話し、それからサーナに尋ねた。
「順を追って話してほしい。サーナちゃんはどうして捕まったんだ? 団の方からは洪水の時に、水の魔術師を妨害してこの地を沈めようとしたって聞いてるんだけど」
「違うの……」
 サーナはラトヴィッジとアーリーを見る。
 ラトヴィッジは話して良いというように頷き、アーリーは憮然と横を向いた。
「ええと……」
 サーナは深呼吸をして心を落ち着かせてから、語り始めた。
「ここの近くには、火の魔力が沢山溜まっている場所あるの。その膨大な、暴走したら世界を滅ぼしかねない魔力を抑えるために、水の神殿と、水の神殿の魔法具は作られたって聞いてる」
「水の神殿が建てられたのはおよそ75年前。当時からずっと、神殿の魔法具は魔力を抑え続けてきた」
 レイザがサーナの説明を補足した。
「暴走を抑えるためには、20年に一度、資格を持った女性が溜まっている魔力の調整をしなきゃならないんだけれど、それをせずにずっと押さえ続けてきたの。今は、その場所も深い水に覆われていているせいで、辛うじて抑えられているみたいだけれど、いつ暴走してもおかしくない状態だと思う」
「調整せずに、押さえ続けていた理由は?」
「わからない」
 バートの問いに、サーナは眉を寄せて首を横に振った。
「ただ、一つ言えるのは……。あの時、水の神殿の力を火の魔力暴走抑止に使わなかったせいで、世界の状態は悪化したということ。
 私たちは、自分達が助かるために、世界を犠牲にした。そしてそれは今も続いているということ」
「何故そう言えるんだ?」
 バートは怪訝そうな顔をした。
「それはこの洪水の原因が、火の魔力の暴走をきっかけとした水の魔力の決壊だからよ」
 答えたのはアーリーだった。
「あなたにも解っているでしょう」
 アーリーは鋭い目を、レイザに向けた。
 視線がレイザに集中する。レイザは「確証はない」とだけ答えた。
「ウォテュラ王国が、火の一族の力を奪い、暴走させた。その暴走により水の魔力が決壊した。そういうことね。
 私達のように特別な力を持っていなくても、魔力が高い人なら感じとれるはず。この洪水が魔力を原因としたものだと。
 地上は全て水に覆われて、島など残っていないということも」
 暗い目でアーリーはレイザに微笑みかける。
「魔力とは、いわば自然の力。人々は、自然の力を支配し、不当に理不尽に、力づくで押さえつけて、恩恵だけを受けることを望んだ。私たちがそんな人間たちを命を賭して救う理由なんてもうないのよ」
 語っていくアーリーの目は、とても暗くて、とても悲しい。
「火の力は、じきに溢れ出すわ。火山が爆発したら、ここは確実に滅びるわね。
 水の障壁で、私達は守られてなんかいない。一瞬で済むはずだった苦しみを、引き伸ばされ、じわじわとなぶり殺しにされているだけ」
 サーナが小刻みに震えはじめ、ラトヴィッジは寄り添って、彼女の身体を支える。
「この障壁内の人々は、箱船を旅立たせるために、生かされているのよ。未来へと繋ぐために。種の存続のために。犠牲になるために、生かされている」
 それは暗くて、絶望に満ちた声だった。
「そんな希望、消してしまいましょう。人々は、魔力と自然と同化して、共存することを望まなかった。その結果が今なのだから。
 私達に、希望なんてないのよ。今を受け入れて、もう楽になりましょう」
 アーリーがふっと手を上げると同時に、炎が湧き起こる。
 しかしその炎は、何一つ焼くことなく、レイザによって消し去られた。
「全て沈んだという見解は間違いとは言えない。だが、地と風の魔力のたまり場に、それぞれの力の継承者の一族がいるのなら、その付近はここのように守られている可能性があるんじゃないか」
「アーリー……大地が崩壊してないわ。だから、もしかしたら地の継承者は生きている」
 震えながら、サーナはそう言った。
「ウォテュラ王国は滅んだのでしょう? ……他の属性の一族と交信できる人は障壁内にいないのよね?」
 アーリーの問いの意味が、バートには解らなかった。
「えっと、私も水の特別な力を受け継ぐ一族なのだけれど、水の特別な力を持つ一族同士は繋がった水を通じて、声を送りあうことができるの。多分、他の属性の特別な力を持った一族も、同じ力持っている。閉ざされたここからでは、風は送れないけれど、地ならば……」
「火は見える範囲だけよ。あなたも使っていたけれど、果たして一族の力全てを把握しているのかしら?」
 アーリーがレイザに挑戦的な目を向けた。
「しかし、優れた地の魔術使いといえば」
「……アルディナ帝国か」
 バートとラトヴィッジが険しい表情で視線を合わせる。
 アルディナ帝国はウォテュラ王国と戦争まで秒読みと言われていた対立国である。
「アーリー」
 ウィリアムの声に、アーリーの身体が僅かに反応をしめした。
「お嬢ちゃんは保護してもらったから無事だ」
「どうでもいいわよ」
「俺はアーリーの死を願わない」
 途端、アーリーは冷たい目でウィリアムを睨んだ。
「咄嗟にでる本質は優しさにある。自暴自棄な部分は放っておけない」
 彼の声は落ち着いていて、優しかった。
「お前はすべてを諦めてるわけじゃない。あの時涙は、諦めたく無いからだ。
 俺達に手記を渡したのもだ。止めに動くって解るだろ」
「……今日が終わるまで、騎士団やあなたたちの手で私を殺させないためよ」
「爺さんが本当に言いたかったのは、試練と向き合う覚悟が要るって事だろ。
 親父さんもさ、爺さんもお前と同じように悩んだ末に家族を持った」
 家族の話題を出した途端、アーリーの表情が変わった。余裕が消えていく。
「どんな覚悟をしろと言うの? 解っているでしょう、私を騎士団に引き渡したらどうなるか。
 孕まされて、聖女を産まされて、奪われ、殺されるのよ!
 いいのよ、私は死んでも。この世界にも、人間にも絶望しているから、もう生きたいとは思わない。
 でも……家族は殺させない」
 アーリーはレイザに侮蔑の視線を投げる。
「この男の祖先は、人知れず、赤子を犠牲に世界と人々を救ったわ。王国に洗脳されていたから。
 ウィル、今の話聞いたでしょう? 私に何の罪もない、大切な我が子を犠牲にして世界を救う理由がどこにあるというの?」
「火山をどうにかすれば、子供の憂いも無くなる」
「水の神殿の力を魔力を抑えるために使ってくれると思う? ここには他に魔力を抑えるだけの技術も道具もありはしない。あるものは、皆箱船の――水の魔力を鎮めるために使われるのよ」
「それでも、探すんだ。爺さんの手記って推測ばかりで、水の神殿も、火山も、調べるべきものは有る」
 アーリーは首を横に振る。
「手記は私の知っていることのごく一部に過ぎない。祖父や父からも、口伝えで聞かされているし、一族が残した遺書も見ている。サーナからは王国側の話を聞いているわ。人間なんて大嫌い。世界に必要ないのよ」
「人が嫌いだったとしても、家族や、身近な人のことは……大好きだろ、アーリーは。アンタの家族も、人間だからな」
「……っ」
 互いに少し沈黙した後、ウィリアムが口を開く。
「これは俺の我儘だが、アーリーは生きて最終的には笑顔であって欲しい」
 嘘が感じられない彼の言葉に、アーリーの眉がピクリと揺れた。
 また少しの沈黙のあと、レイザが口を開いた。
「お前の子が継承者――聖女の徴を持って生まれることはないと、思われる」
「何故?」
「継承者の証である痣を持った者が存在しているからだ。良くは知らないが、力の継承者が死ぬまで次の継承者は生まれないんだろ?」
「生きているの?」
 アーリーが目を見開いた。
 聖女は滅んだウォテュラ王国の手の中にあったと、アーリーは思っていた。そしてそれは間違いではないはずだが……。
「生きている。だからお前は、協力するだけでいい。子を犠牲にする必要はない。ただ、お前の命は預けてほしい」
「君に手を出したり、非人道的なことはしないと約束する。これは絶対だ」
 レイザの言葉に続けて、バートがそう約束をする。
 アーリーは目を閉じて考え、次第に薄い笑みを浮かべていく。
「……それが本当なら、いいわよ、会わせてちょうだい。本物だったら協力する。私は、自分の子を犠牲にしたくなかっただけだから。どうせ死ぬのなら、どこで死んでも構わないのよ」
 それからアーリーは、炎の魔法を使って騒動を起こした理由として、一族の血を引く者をあぶり出すことが目的の一つだったと語った。
 自分以外に一族の血を引くものがここに残っているのなら、見つけ出して、心中しようと思っていたのだと。
 世界を終わらせる為に。

 アーリーはそのまま詰所に留まり、町民会議にはサーナとラトヴィッジ、タッカルだけが向かうことになった。
(アーリーの説得は成功したが……サーナは会議に出ちまう)
 リベルはどうしたものかと迷う。
 護衛隊の指示は、サーナを会議に行かせてはいけないというものであった。
 真っ先に外に出て、待機している青年騎士に報告しようとした、その時。
「危ない……!」
 弓を射る音に逸早く気付いたラトヴィッジが、サーナを抱きしめて庇う。
「おい、手荒なことはしなくても――」
「見ての通り、俺ではない」
 リベルは青年騎士に抗議するも、彼の手に弓矢は握られていない。
 バートが盾を手に飛び出したが、攻撃はその1回限りで終り、気配も何も感じられなくなっていた。
「ラト、大丈夫か?」
「ああ、脇を掠めただけで大したことはない……」
 答えた途端、ラトヴィッジが傷口に尋常ではない熱を感じた。同時に体中が凍りつくように冷えて、震え始める。
「バートさん……毒だ。サーナ、傷は?」
「大丈夫、全然、当たってない」
 恐怖にひきつった顔で、サーナが答えた。
 よかった、と言う余裕もなく、ラトヴィッジは崩れ落ちる。
「ラトヴィッジ、ラトヴィッジ!? あ……ああ……っ、いや、いやあっ!!」
 共にサーナも崩れ落ちて、泣き叫びだした。
「担架を! 近くの病院に早く!」
 バートは周囲に警戒しつつ、待機していた騎士に指示を出す。
「何かの役に立つかもしれねえ……! 俺も行く。お前も泣いている場合か! 代わりに守ってやるから、行くぞ」
 リベルは狂ったように泣くサーナの手を引き、周囲を睨みながら担架の後を追う。
(誰がやったのかは知らねえが、これで会議に出させないという任務は果たした。もう狙うなよ)

 

*  *  *



 町民会議会場、町の会館にて。
「火災を起こしていた火の使い手は投降したそうよ。でも、油断はしないでね」
 アディーレがリルダと対策本部所属者、協力者たちにそう報告をした。
「投降したのか……」
「一先ず、命は助かりました」
 エイディン・バルドバルロビン・ブルースターほっとすると同時に、複雑な感情も抱いていた。
 対策本部でエイディンとロビンはマーガレットからアーリーについて聞いていた。
 彼女が魔法学校の寮に炎を放った人物であり、特別な血を引く娘であることを。
 その彼女の本当の望みは、一体何であったのだろうかとエイディンは考える。
 ロビンは――何かの為に犠牲になる人をもう見たくはない。投降したことで彼女自身の命も、ひとまず守られた。そして自分は犠牲になる人を見ずに済んだ。
 ……だけれど見ないだけで、知らないだけで、これから民も自分達も知らない場所で、起こるであろうことに、少し不安を覚えていた。

 サーナも出席できる状態ではなくなってしまったため、急遽、脱走者たちのリーダー格であるトルテが呼ばれて、会議に出ることになった。
 予定より1時間ほど遅れて、トルテとタッカルが会議室に入った時、会議室にはあまり住民の姿はなかった。
 犯罪者達への恐怖心もあるだろうが、関心の薄さもうかがえる。また、皆自分の生活だけで精一杯でもあるのだ。
「漁師のトルテだ。家族や仕事仲間は皆、海の中だが……俺のこと、知ってる奴もいるよな?」
 トルテはそんなふうに真剣に話し始めた。
 脱走の時に受けた深い傷はまだ治っておらず、服は破れたままであり、痛々しい姿だった。
「洪水発生後、俺は確かに罪を犯した。けどそれは、2年も閉じ込められるほどものじゃない。
 俺だけじゃなく、魔力の高い犯罪者たちは領主の館にある魔法の使えない部屋で、ロクに調べられることもせず、ずっと閉じ込められてきたんだ」
 切々とトルテは少ない町民たちに語った。
 捕まっていたものの中には、冤罪と思われる者もいる。
 魔力が高い、迎えに来るものがいない、それだけで自分達の多くは、理不尽に閉じ込められ続けてきたのだと。
「俺は罪を犯したとは思っていない。事実を語っただけだ」
 続いて、町の倉庫に閉じ込められていたタッカルが淡々と話しだす。
「神殿で働いていた俺は、海上の状態を推測して、町の皆にも話そうとした。
 だが、上はそれを隠す為に、俺たちを拘束し自由を奪った。俺の事は皆知らないとは思うが、初代神殿長の娘、サーナ・シフレアンのことは知っている人も少なくはないだろう? 彼女もまた、ずっと鎖で拘束され、魔法の使えない部屋に閉じ込められていたそうだ」
 サーナの名前に、数人の民が反応し、僅かに会場がざわつく。
「俺らは王都からやってきた騎士団に理不尽な扱いを受けた。それだけは解ってほしい。全員一致はしてねえが、俺らは俺らだけで、町を作り暮らして行こうと思ってる。お前等には迷惑をかけねえ。
 今、対策本部と交渉をしている。この間、そこのアルザラ家のリルダも来てくれて、当座の食糧の提供の協力と船の手配は可能だと聞いた。あとは魔法鉱石、これさえあれば、俺らはやっていける」
 トルテがそこまで話した時だった。
「それ、本気で言ってるの?」
 真顔の少女が1人、トルテの方へ歩いてきた。
「なんで私たちがそんなことしなきゃいけないわけ?」
「は?」
「収容所で不当な扱いを受けてきたっていうのはわかったよ。
 でもさ、それってリルダさんの、港町の管轄じゃないよね。収容所の管理は騎士様なんだから領主様の管轄でしょ、賠償とか要求するならそっちじゃないの?」
「別に町に賠償を要求してねえよ。そっちが勝手に交渉に来たんだろ?」
「町の倉庫の方だって毎日三食出してたし、あのまま閉じ込められてたらって言ってたそうだけど、場所移す前にあんたらが逃げたんじゃん」
 少女――アウロラ・メルクリアスの言葉に、タッカルは何の反応も示さない。だが、トルテの方は次第に上気していく。
 突如、アウロラが手を伸ばして、トルテの胸倉をつかんだ。
「そもそも、安定するまでの物資の提供とかこっちだって人手不足とか箱船の食糧とかでかつかつなんだよ、手が空いてるなら衣食住はなんとかしてみせるからこっち手伝ってって言いたいよ!」
 自分の半分も生きていない、小柄な少女にそのようなことをされて、トルテは真っ赤になり怒りに震えだす。
「落ち着け」
 警備を担っていたエイディンがアウロラの手を掴んで、離させる。
「そもそも何もない所を一から耕して安定して収穫できるようになるまでどれだけかかると思ってるの?
 こっちだって土地がやせてきて安定して収穫できるようにみんなで知恵出し合っていろいろ工夫してるのに何もしないで安定すると思ってるの?」
 感情を抑えられず、アウロラはトルテに向かって叫ぶ。
「農業舐めないでよ!?」
「ガキのくせにッ! てめぇらの方が魔術舐めてんだよ! こっちには類まれな各属性の魔術師がいる、魔法鉱石があれば自分達の分の土地の問題は解決させられる。
 それに俺ら……ともに生きてきた町民が、不当な扱いを受けたというのに、なんだその騎士「様」領主「様」ってのは! お前等、頭おかしいぜ!!」
 トルテが叫んだ。途端、彼の身体から発せられた魔力が、火を生み、会場に炎が生まれた。
「大丈夫です」
 魔力増幅装置で魔力を上げて、ロビンが濃霧の壁を発生させ、炎を消し、更に祈りを込めてフルートを奏でて、トルテの周囲を霧で覆う。
「このアルザラ町は、俺らの曽祖父世代が発見した土地だろ? 俺らは、アルザラさんの指揮のもと、身分とかなく、自分達だけで暮らしてきたじゃないか!
 それが、いつの間にか貴族たちがここの領主を決めて、税をとりだした」
 トルテはリルダに怒りの顔を向ける。エイディンが即、間に入りリルダを背に守る。
「俺らのトップはアルザラさんだろ? なんで民が理不尽な扱いを受けてんのに、アンタは助けてくれなかったんだよ! お前等はおかしい、自分で希望を掴むだけの力がないから、領主に従わない同族は斬り捨てて、媚びへつらって、生き延びようとしてやがる」
 怒りと悲しみと、そして魔力がトルテの身体から溢れてていく。
「何の役にも立たない貴族たちは食わしてやって、自活するって言ってる俺らは見捨てんのかよ!?
 後から来た奴らよりも、元々此処に居た俺らの方が、人数も多くて力もずっとあったのに! 何でこんなことになってんだよ!!」
 理不尽な扱いを受けたという、これまでの想いが、助けてもらえなかった悲しみが、トルテを猛らせ、彼が放つ火の魔力が、会場を熱くしていった。
「もう、終わりにしよう。土地を回復させて何になる? この地も、近い未来、沈むというのに……」
 タッカルが軽く足を上げた。
「魔法か……!」
 いち早くエイディンが気付き、タッカルが地の魔法を発動する前に、強い一撃を腹にくらわせて、意識を奪った。
「現行犯ね。その意思はないのでしょうけれど」
 アディーレが背後から縄をかけて、トルテを拘束した。
 トルテは手を出してはいない。アウロラの手を振りほどいてさえいない。誰かを傷つけるために魔法を使ってもいない。
 ただ、溢れる魔力を制御できていなかっただけで……。
「くっ……お前ら、人間じゃねぇ……」
「人間です。ここの皆も。王族の方も、貴族の方も。そして、あなたも」
 ロビンはトルテがこれ以上被害を出さないよう、彼自身の為にも付き添って、周りに厚い霧を張り続ける。
(皆、望みは同じだろうに、下手に学があると却ってこじれるものだな)
 無学で知識がまるでないエイディンには、彼等の感情は感じ取れたが、主張は良く分からなかった。
 意識を失ったタッカルを縄で縛り、目隠しをしておく。
「会議はこれで終わりよ。皆、仕事に戻って」
 結局、犯罪者を擁護し、援助しようという意見は一つも出なかった。
 リルダが町の人々を帰らせてから、騎士団員たちが拘束したトルテとタッカルを領主の館の収容所に連行した。

 

*  *  *



(奴らは当たり前に持っている魔法を絶対視して依存してる……このままだと見捨てられる)
 アーリー・オサードの投降やトルテたちの拘束についての情報を得たナイト・ゲイルは、脱走者たちが立てこもっている小屋へと急いでいた。
ナイト・ゲイル、私がついていますから、大丈夫ですわ」
 その日もエリザベート・シュタインベルクは、ナイトに付きまとっており、ナイトも彼女を避けるようなことはなかった。
「この間の交渉の時から思っていましたが、彼らは自分たちの立場を理解しているのでしょうか。不満不平ばかりで歩み寄ろうともせず、自治権だなんだと言っていますが明確なビジョンもなくこちらに要求するばかり」
 何より、何で捕まったのかを理解していないことが、エリザベートは気に食わなかった。
 まだ小屋まで距離がある地点で、エリザベートの魔力が感知され、風の妨害を受ける。
「こちらも魔法を放って抵抗しますわ。あなたは声を!」
「ああ」
 エリザベートが風を放ち、ナイトが大声をあげる。
 捕らえに来たのではない。こちらは2人だけだ、話をしにきたのだと。
 魔法とナイトの体力で抗いながら、2人は小屋へと近づく……と、小屋の前に数人、脱走者が出ていた。
「来るな! てぇめえら、よくもやりやがったな!!」
 様子が変だった。どこか苦しげで、腹を抱えている者もいる。
「……食中毒か? いつまでも、こんな不衛生な場所に留まってたら、治らないぞ。
 いいか、今回の脱走についてやむにやまれぬ事情があったと主張する内容に考慮する部分はある。だが、今回の脱走時の件を含め、罪を犯したことは確かだ。
 罪に応じた刑に服し、更生をすると言うなら俺が身元引受人となろう」
 だから、戻れとナイトは脱走者たちを説得していく。
「うるせぇ、騎士団なんて信用できるか! 魔力が高いってだけで、差別しやがってッ」
「あなたたちが自身の魔力のせいで迫害されたと思っているのなら……それは、ただあなたたちが魔法を使いこなせてないだけでしょう」
「ああ?」
 小さなエリザベートの言葉に、脱走者たちが色めき立つ。
「魔力が高かろうが低かろうが、それで何を成すかは使う人間次第ではなくて?」
 エリザベートは、自分の周りに風を起こした。
 その風は、自分も隣にいるナイトのことも吹き飛ばすことはなく、木の葉を乱舞させるにとどまった。
「なんだこのチビは!」
「てめーら、よそモンのガキのくせに偉そうなこと言ってんじゃねーぞ!」
「ち、チビとはなんですか、チビとはー!!」
 切れかかるエリザベートを制して、ナイトは彼らへと慎重に近づく。
「魔法はどれだけ強力でも万能の力じゃない、ただの道具で、使い手次第では忌み嫌われる要素になる。
 お前たちほどの力があって、それだけの人数がいたとしても他の誰もがお前らに関わらなければ、この先お前らに待ち受けるのは滅びだけだ」
 ナイトの言葉に、脱走者たちがうなり声をあげる。
「自治した村でどうやって食料を貰い続ける? 強引な手を使ったとしてそんな奴らに箱船の席があると思ってるのか?」
「箱船に俺らの席があるわけねーだろ、だから俺らは、俺らだけで海の上に出なきゃなんねーんだよ!」
「元々、漁業の傍ら作物や家畜育てて暮らしてきたんだ。俺達は村作って生活していける!」
 彼等はそう主張するけれど……。
 彼等だけではそれは成しえないだろうということは、子供のエリザベートにもわかる。
「良く考えてみろ。農業をやるにしても、苗や種、道具が必要だろ? それらはどうするんだ。町に要求するのか?
 刑に服すなら俺が身元引受人として交渉をしよう」
「もちろんそれは、その通りだよ。助けてもらわないと、生活していけないんだ」
 トゥーニャ・ルムナが小屋から出てきた。
 彼女もまた苦しそうだった。
 トゥーニャについては、解放されたシャンティアが誘拐された時、風魔法の使い手は男性だったと証言しているため、騎士団内部では容疑は晴れている。
「でもここの皆に、警備隊の仕事は無理だよ。皆そんな気持ちにはどうしてもなれないと思うよ……」
 騎士団の監視下であっても、警備隊としてではなく、地域の食料生産の増加を目的とした部隊として町造りを行うという案をトゥーニャはロスティンや仲間達に出していたのだが。
 騎士団や町の状況からして、それは難しということがナイトには解っていて、それゆえに自分が常に監視、指揮できる警備隊ならばと彼等を説得しているのだった。
「お前らの主張が町の人達に認められて、町の人たちの協力が得られたらそれも考えられたかもしれないが……。残念ながら、会議は決裂したんだ」
 ナイトの言葉に、脱走者たちは動揺し、叫び声をあげていく。
「どうして、解ってくれねぇんだよ。俺らは十分にもう刑罰を受けたんだよ!」
「てめぇらに非があったこと、認めろよ! ひでぇよ、ホントひでぇよ、てめぇら」
 怒り、悲しみながら、脱走者たちは魔法を放ってきた。
 強風と、石つぶてがナイトを襲う。
「っ……防ぐことはできずとも、逸らせますわ」
 エリザベートが風を起こして、攻撃を退ける。
「……抜いたな? なら対処する」
 ナイトはエリザベートを背負うと、凄まじい速度で小屋へと接近した。
 脱走者たちがナイトを捉えるより早く、殴り飛ばす。
「今です、飛ばしますわよ!」
 小屋の前にて、エリザベートはナイトに強風を浴びせた。
 入口を破り、ナイトは小屋の中へ入り込んだ。
「く、来るなー!」
 幾ら魔術が堪能でも狭い小屋の中では、大技は使えない。
 そして彼らは、軍人のような攻撃魔法を知りはしない。
 ナイトは素早く跳び、自分に攻撃を加えようとする者を次々に打ち倒す。
 ただ……。
「ぎゃーっ」
 重犯罪者が人質のロスティンの身体を刺した。
「すぐに出て行け、じゃないと次は首を……」
「嫌だーッ!」
 ロスティンがバケツの中の水を、重犯罪者にぶっつけた。
 隠してはいるが、ロスティンはかなりの魔法の使い手である。
 瞬時にナイトが飛び、拳を重犯罪者の顎に叩き込み、意識を奪う。
「このままだと、俺は……お前たちを討伐しなければならなくなる。色々とあるだろうけど、ここに閉じ込められたまま死ぬことはないだろう?」
 頼むから、俺と来てくれ――。
 そう訴えて、ナイトは脱走者たちに手を差し伸べた。

 脱走者たちは、食事に混ぜられた毒薬により体力を奪われていた。
 魔力が極めて高い軽犯罪者以外の犯罪者は、抵抗する気力ももうなくナイトに従った。
 ただ、理不尽な扱いを受けたと思っている魔力の高い犯罪者はより一層、騎士団や町の人々への不信感を持ち、そして絶望を抱きはじめていた。
 そして。
「廃坑の中には、町で捕えられていた犯罪者がいるんだよな? 奴らはどうしてる」
 ナイトの問いに、脱走者たちはこう答えた。
「食事した後、気分が悪くなったんだ。そしたら、奴ら笑いながら連れだって、山ん中に入ってった」

 

*  *  *



 吐き下し、体を引きずるように歩きながら、彼等は山を登った。
 長い時間をかけて、障壁に挟まれた深い崖の前に、たどり着いた。
「さて、家族や仲間のところに行くか! 顔向けできねーけどな」
「行くんじゃない、帰るんだよ。俺達の、家に」
「そうだな。帰ろう、皆で――」
 彼等は笑い合い、帰っていった。

 愛する人のもとへと。


第3章 あなたの希望はどこに

 メイド長指揮のもと、脱走事件の時から中断していた外れの館の大掃除が行われた。
 彼等が脱走した後、館の結界は一時的に緩められている。

 掃除の最中。使われていない奥の部屋の中に、メイドの少女が密かに入り込んでいた。
「今ならこの魔法鍵、解除できるわね……。あの時は手間取って、逃げ遅れたけれど」
 魔法具である魔法錠を、少女は自らの魔力で解いた。
 そして、鍵のかけられていた引き出しを引っ張った。
 中に入っていたのは、日記帳と手紙。
 少女は日記帳に軽く目を通すと、手紙を開いて、中を確認した……。
「そう……やっぱり、そうだったのね」
 少女が薄い笑みを浮かべた、その時。
 バンッとドアが開き、少女に冷たい目が向けらた。
「……ここは掃除しなくていいと言ったはずですよ」
 部屋に入ってきたのは、メイド長。
「ご、ごめんなさい。間違えました、ドジでホントすみませんっ」
 少女は慌てて片付けて、部屋から出ようとした。
 しかし、メイド長は後ろ手にドアを閉めて、彼女へと近づく。
「ここで、何をしていた」
 メイド長――騎士、護衛隊のアン・タリタンが詰めより、メイドの手を掴んだ。
「……スパイか」
「わ、私はただ、レイザ様のファンで、このお部屋は私室だそうなので、お掃除して差し上げようと思っただけ……ということにしておいて欲しいです、ふふふ……」
 少女は怪しく微笑み、掴まれている手から力を放った。

 数時間後。
 姿が見えないメイド長を探して、騎士がこの部屋のドアを開いた。
 そして、部屋の中央で倒れているメイド長を発見した。既に、息はなかった。
 現場には争った形跡も、外傷も何もなく、突然の心臓発作による病死だと診断されたのだった。

 

*  *  *



 領主の館の前で、メリッサ・ガードナーはレイザの帰りを待っていた。
 今日、町民会議が行われたことはメリッサも知っていたけれど、レイザから同行を求められることはなかった。
 捕縛を諦めるといっていた彼の言葉を信じて、メリッサも無理やりついていったりはしなかった。
「レイザくん、乗ってるかな?」
 今日、何台目かの馬車の到着に気づき、メリッサは近づいて御者に尋ねた。
「……何の用だ」
 彼女の声に気付いたレイザが、馬車から下りてきた。
「よかった……。お帰りなさい」
 普段通りの彼の姿に、メリッサはほっと安心した。
「仕事の報告。中に入れてくれる? それとも2人きりで逢引する?」
 メリッサが微笑んでそう言うと、レイザは軽く笑みを浮かべて馬車を行かせ、メリッサを庭園へと誘った。
 可愛らしい花と、整えられた緑の中。レイザの背を追って歩きながら、メリッサは言う。
「私に痣や特殊能力があればよかったよね。そしたら、他の子に頼む必要もなかったのにね」
 それに、彼に必要とされて、ずっと傍にいられた……。
「ねえ、レイザくん。襲撃犯投降したんだってね。体に痣、やっぱりなかった? レイザくんがないと思うってわかってたのは何故?」
 振り向いたレイザは困ったような、難しい顔をしていた。
「理由は一族だけの秘密、かな」
「まあ……そんなところだ」
「知りたいから結婚して!」
 突然のメリッサの発言に、レイザは驚いて「……は?」と声をあげた。
「なんてね~あはは~」
 メリッサが笑うと、つられてレイザの顔にも苦笑のような笑みが浮かぶ。
 メリッサは彼を見詰めて尋ねる。
「……ねぇ火山に行くの?」
「…………」
「止めたりしないよ。やりたい事を手伝うって言ったでしょ、だから黙っていなくなったりしないでね」
 軽快に話しているつもりだったけれど、どうしても不安がにじみ出てしまう。
「レイザくんがしたい事はここを守る事、だよね。その為の駒は多い方がいいのに、成果出せなくてごめん。痣を持つ女性探しも継続するから、もう一度詳しく教えて。絵図があったりしないかな」
「それはもういいんだ。お前は一般人のくせに必要以上に、知りすぎた」
「後継者って館の管理も一族の能力が必要なの? ご家族が王国に渡る理由もよくわかんないし、それも一族だけの秘密?」
 メリッサは次々に質問を浴びせるが、レイザは答えようとしなかった。
「うん、やっぱり結婚しよっか!」
 今度はさっきより少し真剣に、彼の目を見詰めながら言うが、レイザは口を閉じたままで何も答えてはくれない。
「なんてね、あはは……はぁ……」
 笑みを浮かべようとしたけれど、出来なくて、代わりにため息が漏れてしまった。
 さっきのようにレイザは微笑したりはせず、真剣にメリッサを見ていた。
「お前さ、どうしてそんなに短絡的なんだ? 一時の好奇心のために、一生を棒に振ってもいいのか? それとも、生きることを諦めているのか」
 レイザはメリッサに一歩近づくと、彼女の顎に手を添えて仰向かせた。
「結婚をする気はない。だがメリッサ、お前俺の子を産むか?」
「……え?」
「子孫を残すこと。……やり残しがあるとしたら、それだけだから」
 まるで、その仕事が終わったら、いつ死んでもいいと言っているかのようで。
 押し寄せる不安感に、メリッサは押しつぶされそうになる。
「この血を継ぐ者の母になるというのなら、俺の知っていることも、これから知ることも全てお前に話すし、黙っていなくなることもない。別れはきちんと告げる」
 別れという言葉に、胸がぎゅっと締め付けられ、呼吸が苦しくなる。
 そんなメリッサの気持ちを察してか、レイザの表情がふと、少しだけ優しくなった。
「それとも、最期まで共にいるか? 守るべき対象を奥地に連れて行くことはない。だからずっと、唯一無二の対等なパートナーとして、だ――皆が生きる、世界をとりもどすために」
 彼の子孫を宿して生きるか、彼と共に命を賭すか。メリッサは、その選択を求められているようだった。
 メリッサが答えられずにいると。
「……いや、悪い。お前には、お前を必要とする奴がいるんだったな。忘れてくれ」
 そう言って、レイザはメリッサを離し、彼女を残して庭園を抜け、館の方へと戻っていった。

 

*  *  *



 領主の館の外れにある堅牢な建物に、脱走者たちは戻された。
 トルテは自分が脱走を企てた主犯であり、全ての責任は自分にあると騎士団に話した後、気力を失ったかのように何もしゃべらなくなった。ろくに食事もとらず部屋の中で寝ているだけで、面会にも応じることはなかった。

 トゥーニャ・ルムナに関しては、捕縛及び、その後の対応に問題があったことを騎士団側は認め、彼女本人への謝罪と援助を約束した。
 ただ、彼女が全員の脱走を促したことは明らかになっており、この行為を不問とし公にはしないことを約束する代わり、今回の件に関してこれ以上騎士団に謝罪を求めないこと、公の場での証言は控えるようにと言われている。また、今後彼等に関わることも一切認められないとのことだ。
 納得できない場合は、ナイト・ゲイル監視下で他の囚人たちと共に服役して、魔法制御を学んだ上で、社会に戻ることになりそうだ。

 人質になっていたロスティン・マイカンは、肩に傷を負っていたが、領主の館で手厚い治療を受け、メイドが代わる代わる彼のもとに訪れて世話をしてくれており、大変充実した日々を送っていた。

 ラトヴィッジ・オールウィンは、町の病院に入院したままだった。意識は戻っているのだが、バート・カスタルの根回しで、昏睡状態が続いているとされ面会謝絶となっている。
 サーナ・シフレアンは彼にずっと付き添っていた。

 アーリー・オサードとウィリアムは、他の囚人たち同様、外れの館に監禁されていた。
 ただ、鎖で拘束されていたのは、アーリーだけで、ウィリアムはこの部屋のみならず、この階を自由に移動することが許されていた。
 2人に与えられたのは少し大きな客間。同室にされた理由は――ウィリアムにもなんとなくわかった。
 これまで何日も同じ屋根の下で寝食を共にしてきたけれど、これまでとは違い、自分達の他、ここには誰もいない。
 息をひそめていたあの頃より、静かで、寂しく感じた。
「彼らは……先に逝ったのね。愚かな人達だったけれど、一緒にいると、気持ちが楽になったわ」
 捕らえられたタッカルを除いたすべての犯罪者が行方不明になったと知らされていた。
「人間を、見棄ててもいいんだと知りたかった。救う価値なんてないんだって、知りたかった。そしてもう十分、私は絶望で満ち足りた」
 悲しみに満ちた、どこか虚ろな目でアーリーは微笑んだ。
「いいわよ、ウィル。私、あなたの為に死んであげる。会いたい人達がいるんでしょ? 希望を捨てきれないのなら、最後の一人になるまで生き延びて、足掻き続ければいい」
 ウィリアムは静かに首を横に振る。
「言っただろ。アーリーは生きて最終的には笑顔であって欲しいと。アーリーも一緒に、希望を探すんだ」
「冗談はやめて」
 笑い飛ばすアーリーに、ウィリアムは柔らかい微笑みを向けた。
「探してみて、希望が無かったとしてもその時はアーリー、俺はお前の為に一緒に行くぜ」
 彼の言葉にアーリーは驚きの表情を見せた。
「……殆ど魔力のないあなたなんて、邪魔になるだけよ」
 切なげな表情を隠し、小馬鹿にしたように笑って目を逸らした。
「赤ちゃん、儲けさせられて、犠牲にされると思いこんで迷惑かけたことは、悪かったと思ってる。それから、あなたを巻き込んだことも」
 ゆっくりと、アーリーの口から、言葉が紡がれていく。
「生きなさい。そして私が命を賭す理由になって。もう縁のある人は、あなたくらいしかいないんだから」
 声を詰まらせて、アーリーは背を向けた。

 今、彼女に触れたら、きっと激しく拒絶されるだろう。
 本当は――人の温かさを、優しさを、必要としているはずなのに。
 それはウィリアムも同じ。仲間を失った悲しみを分かち合えるのは彼女だけ。
 だから、傍にいた。希望を見失わないために。

 

*  *  *



 少女はそっと、大地に手を当てた。
「陛下、報告がございます。王の証を持つ者が判明いたしました。
 ご心配には及びません。彼等は必ず、その者の命より民の命をとるでしょう」
 目をつぶり、3年前に離れた故郷を、家族を思い浮かべる。
「世界に王者はただ一人。貴方だけです……お兄様」
 大地に魔力を注ぎながら、ゆっくりと続けていく。
「水の計画も順調のようです。数か月後には、継承者はここから旅立つでしょう」
 と、その時。
「こんなところにいた! 庭仕事はもういいって。食事の準備手伝って」
 先輩のメイドが、少女を呼びに訪れた。
「あ、ごめんなさい。私要領悪くて」
 苦笑しながら、少女は立ち上がり掃除用具を抱えて、先輩と共に歩き出す。
「メイド長、厳しい人だったけど……仕事、出来る人だったよね。いなくなって、ホント忙しくなったもの」
「うん……悲しいです。メイド長の分も、皆様のお世話、頑張らなければって思います」
「そうだね」
 2人は、寂しげに微笑み合って、館へと戻っていく。


 館に入る前。
 少女は視線を落として、1人、呪文のように呟く。


 世界を死に導いたあなた達を、私は――世界は、許しはしない。

 

 

個別リアクション

『密談』

 


担当させていただきました、川岸満里亜です。
今回は第1章の洞窟関連は鈴鹿マスターが執筆を担当されました。

メインシナリオ/サイド『滅びを望む者たち』は今回で終了となります。
ご参加いただきまして、本当にありがとうございました。

対策本部は解散となり、アイテムは回収され、所属者たちはそれぞれの仕事(学校)に戻りました。
負傷や体調不良に陥っている方は、次回のオープニング、参加案内で状況の描写、説明がない方については、治っているとお考えください。
洞窟探索に参加された方で、今回アクセサリーについて書いてくださった方につきましては、秋ごろシナリオ内かプロフィールにアイテムを反映させていただく予定です。

次回タイトルはまだ決まっていませんが、2本に分かれるかもしれません。
火山関係に関しては、恐らく掲示板を用いての立候補と推薦、投票制となると思います。
火山に向いたい方は、自分に何が出来るか等のアピールポイントを考えておいてください。

初回の選択肢は、集まりすぎない、少なすぎないよう、選択肢や条件に随分迷いましたが、実は重要なポジションに繋がるかもしれないメイドの選択肢が、どなたにも選ばれませんでした。条件が厳しすぎたこともあり、魅力を感じなかったからかなと思います。すみません。
ただ集まりすぎたら他が回らなくて困るので、ほんと難しいです。

後半も、引き続き皆様と共に真剣に楽しんでいけましたら嬉しいです。
メインシナリオ第5回のオープニング、参加案内は、7月中旬から下旬頃公開予定です。
その前に、新規参加者の募集と、ちょっとしたシナリオが行われる予定ですので、こちらもご参加いただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。