メインシナリオ/サイド第7回
『炎の慟哭 第3話』



第1章 出発前に

 子供たちが見つけた洞窟では、引き続き火山へのルート確保と同時に魔法鉱石の採掘も続けられていた。
 しかし現在、一度はファルの活躍もあり順調に見えた採掘は再び滞りがちになっている。
「また揺れたな……こりゃたまらん」
 作業員の一人が不安を口にした。
 また揺れが洞窟を襲ったのだ。
 ここのところ地震の起きる頻度が日に日に高くなってきており、崩落の危険もあって作業効率がかなり落ちていた。
「次はもっと大きいのが来るかもしれない、生き埋めになる前に一度逃げよう」
 作業員とともに採掘の手伝いをしていたファルが皆に呼びかける。山育ちでしかも地属性の彼には、地震に対しての経験と、感覚の鋭さとがあった。
 改めて作業を監督する警備隊員も撤収の指示を出し、作業員たちは一旦洞窟の外に出ることになる。こういったことがたびたびあるので作業がなかなか進まない。
「どこかにシェルターを作るのはどうでしょう……岩の加護が強い場所を探すので」
 揺れが収まった後、ファルが警備隊員にそう提案する。それを聞いた作業員たちからも同意の声が挙がった。特に囚人たちからは積極的に手伝うとの声が出る。
 いまやファルは、作業員たちからかなり信頼されているようだった。
 そして確かに、大きな揺れがあるたびに作業が止まっては効率が悪いことも事実だ。
 ほどなくして、囚人を中心として作業員の一部がシェルター作りにあてられることが決められた。
 まずは場所探しとして、ファルが入口近くから岩の加護が強い場所、つまり岩盤がしっかりとしている場所をを探りながら歩く。
「ここが良いと思います……」
 何度か行ったり来たりを繰り返しながら確認した後、最終的にファルが提案したのは洞窟内で道が3つに分かれる、その手前の箇所だった。そこは岩盤の状態ももちろんだが、どの道を進んでいる者からも使いやすい場所ということで、使い勝手も問題ないように思える場所である。
 結局その意見に対して誰からも異存は出ず、そこにシェルターを作ることが決められ、すぐに作業は始められた。
 そして数日後。
 地属性の魔法を使える囚人らがかなり積極的に手伝ったこともあり、シェルターはかなりしっかりとしたものが出来上がっていた。
 出来上がったシェルターを前にして、ファルがその加護を願う「山の神」の舞いを踊る。その踊りは相変わらず美しく女性的だ。作業員たちは思わずその舞いに見惚れてしまう。
「これでお嬢ちゃんのきれーな踊りを見るのも最後かぁ……嬢ちゃん、いくらシェルターがあるからって無理しないよう気を付けるんだぞ」
 踊りが終わると、囚人の一人がそう声を掛けてきた。
 最後、というのはどういう事だろうと思っていると、それを察したのか詳しい事情を話してくれる。
 どうやら騎士団員から別の指示が出たらしく、この後囚人たちは魔法鉱石探索現場を離れるようだった。
 いまだファルを女性だと勘違いしている彼らだが、なぜだかあまり憎めないのも確かだ。
 ファルは心配する囚人たちに頷きを返し、無事を願う別れの舞いを踊って、彼らを見送るのだった。

 

*  *  *


 地震の頻度が増し、神殿からは障壁の負荷が高まっているとの報告があった。
 準備は十分とはいえないが、予定通り火山を鎮めるために、協力者と火の特別な力を持つ能力者たちは、障壁の外へ向かうこととなった。
 出発当日。シャンティア・グティスマーレは、アーリー・オサードに会うために、出発地点の洞窟に向かっていた。
 いつの間にか、少しだけ話が出来るようになっていたメイドのミーザ・ルマンダに同行を頼んだのだけれど、そのミーザも火山を鎮める作戦に協力することになったということで、彼女を送る意味もかねて、一緒に馬車に乗っている。
 ミーザは普段より、口数が少なかった。
 危険な場所に行くのだから、当たり前だけれど……それだけではなく、シャンティアはミーザに影のようなものを感じていた。
「ん……と……あなたも何か抱え込んでいませんか? アーリーみたいに……抱え込んでいる人の感じ……します」
 アーリーみたいに、というより、引きこもりのシャンティアはアーリー以外には興味を持ったことがないのだけれど。
「それで……よろしければ、こちら、持って行ってください、ね」
 シャンティアは手製のビーズ付きブレスレットをミーザに差し出した。
「可愛らしいブレスレットですね。魔法鉱石が使われているんですね……ありがたく、お借りいたします」
 不思議そうにミーザはブレスレッドを眺めて、受け取った。
「え……と……仕事とはいえ、色々助けてもらったので、お返しに困った事があるなら力になりたい、です。その他にも力になれることありませんか?」
「……お嬢様にそう言ってもらえるなんて、感動です。そうですね、悩み事は色々あるんです」
 ミーザはそう喜んだあと、少し考えてこう続けた。
「例えば、私のような下っ端のメイドは箱船に乗る優先順位、凄く低いと思うんです。箱船に乗れる人数って、百数十人らしいですし、何往復後なのかなぁとか、私たちの事も迎えに来てくれるのかなとか、人が減った後、箱船を待ちながらここを維持することって出来るのかなって……考えても仕方のないこと、考えちゃうんですよね」
「そうですね……でも、ミーザは火山に行くのでしょう? ……役に立つってわかれば、早めに乗せてもらえます、よ」
「はい、そうですね。頑張ってきますね」
「ええ。それでミーザ……出発まであまり時間がありませんが、昨日の続きです」
 シャンティアはそう言うと、分厚い魔道書をどんとミーザの膝の上に置いて開いた。
「……!! お嬢様、ええっとあの……っ」
「いいですか、魔法の発動はただ集中すればよいというものではありません。魔法構成の仕組みの理解を深めることで……」
 いつものたどたどしい口調ではなく、早口でミーザがまるで理解できない魔法学についてシャンティアは述べていくのだった。

 洞窟近くにある、警備隊が建てたテントにメンバーが集まっていた。
 近くに馬車をとめてもらいシャンティアはミーザと共に、アーリーのもとに向かった。
「アニサさん、今日は宜しくお願いしますね。お嬢様がお話があるそうです」
 そう言って、ミーザはシャンティアの後ろに下がった。
 シャンティアはアーリーの顔をじっと眺める。
 顔つきが、少し変わっていた。
 ただ暗かった以前とは違い、暗さの中に鋭さがあるような……。
 そう、アーリーの瞳には、シャンティアを捕まえた頃の彼女のような、暗い輝きがあるように見えた。
「その顔……死ぬ気……無くなりましたか? ……生きたくなってますか?」
「そうね、場合によってはそうなるかもしれない」
 冷たい笑みでそう答えた彼女に、シャンティアは約束のビーズ、そして追加でビーズ付きのヘアバンドを嵌めようとする。もちろんとっても可愛いヘアバンドだ。
「……やめてくれる? 似合わないのよ」
「そんなことないです。可愛いです」
 ふふふふふ……とシャンティアは若干の怪しさを感じる笑みを浮かべた。
「わたくしも一つ目標ができました、アーリーをこの上なくはずかしいぐらい可愛くしてお嫁に送り出すのです。二度と会う事が無いのはそれまで先送り……です」
「……やっぱり私、死ななきゃダメみたいね」
「何言ってるんですか! 生き残って可愛い花嫁さんになってください」
 ミーザがくすくすと笑っている。
「あげるわ。あなたには似合うわよ」
 アーリーはヘアバンドを外すと、ミーザの頭に嵌めた。
 そして、ため息をつきながらシャンティアに目を向ける。
「あなたは、もう少し身体を鍛えておきなさい。もしあのまま、騎士団に捕まらずにここに来ることになっていたら、あなたを連れて行っていたかもしれない」
 まあ今後、一緒に行動することなんてないでしょうけれど、とアーリーは続けた。
「それでは、また……お会いしましょう、アーリー。可愛いの、いっぱい考えておきます。ミーザも、気を付けて」
「ありがとうございます、お嬢様。行ってきますね!」
 ミーザは再びシャンティアの手を引き、馬車まで連れて行った。
 アーリーは別れの言葉もなにも、言わなかった。くすっと口元に笑みを浮かべ、シャンティアを見送った。


第2章 命を

 神殿のエントランスに、聖石を用いた生命力提供に協力する者たちが集まっていた。
「これから地下に向かいます。地下倉庫で休憩が出来るよう、荷物を移動しました」
 結界を張る場所はそれより下にあり、地下扉を開いて、ハシゴを下りて向かうことになると、緊張した面持ちでサーナ・シフレアンは集まった人に説明をした。
「ね、ね、巫女のねーしゃん、暴走する心と聖地制御って同じなん。抑え込まず、調整するもの。綺麗に循環させるのん」
 そこに小さな子供――バニラ・ショコラが近づいてきて、サーナの服の裾を引っ張った。
「え?」
「うち暗号得意なん! 神殿にある本見せて、見せてー」
「ええっと」
 サーナは屈んで、バニラと目線を合わせた。
「保護者の方は一緒じゃないのかな? 本が見たいのなら大人の人と、魔法学校に行ってみようね」
「魔法学校はもう行ったのん。神殿の偉い人たちが書いた本、解読するのん」
「……そういうのは大人に任せておいてね。大事なお話があるから、またね」
 サーナはバニラの頭を撫でると、立ち上がって説明を再開する。
「んー」
 バニラも生命力提供のメンバーとしてラトヴィッジ・オールウィンに紹介してもらったので、ひとまず説明が落ち着くまで待とうと、頬を膨らませながら待つことにした。
 ラトヴィッジにその際に、調査で見つかった書物内容を聞いており、同世代の子の中で極めて優秀な知力、学力のある自分なら役に立てると思って来たのだ。
「さあ、行きますわよ。皆の命の力で、自分達の世界を守るのです」
 魔法学校生のエリザベート・シュタインベルクは、騎士のナイト・ゲイルの指示で集まった囚人たちに、そう言って、先陣を切って地下に向かおうとした。
 命を賭けて、火山を鎮めに向かった者達がいる。
 それならば、自分も微力であっても、力を貸すべきだと。
 それが、貴族としての在り方だと思い、マーガレット・ヘイルシャムの紹介を得て、訪れたわけだが……。
 歩き出した彼女の襟首がぐいっと掴まれた。
「お前たちはここまでだ」
 12歳のエリザベート、7歳のバニラを騎士のナイトが抱え、そのまま神殿の外へと放り投げた。
「きゃあああ、ナイト・ゲイル! 何しますの」
 エリザベートは慌てながらも風の魔法を発動して、自分とバニラを着地の衝撃から守る。
「皆が命を懸けているのです、私だってその覚悟はあります! それが貴族として……いえ、彼らの友としての在り方ですわ!」
「俺達を生き残る為に子供の命まで使う格好悪い大人にしてくれるな」
 そう言うと、この作戦を指揮する立場にある彼は、神殿の入口を閉ざした。
「う、ううう……」
 エリザベートはぎゅっと拳を握りしめる。
 自分がちっぽけな子どもでしかないという事実が、恨めしかった。
 これまでも何度も感じてきたことだけれど、今回は特に。
「結局、安全なところから見ていることしかできない、なんて……っ」
「よう、おチビちゃん」
「そこで待ってろやー。魔法しか能がないチビ助は」
 扉の先から、囚人……友人達の声が聞こえてきた。
「魔法以外の能力も溢れていますわよ! ただ、能力はあっても心も体も未熟だと、判断されてしまう年齢なだけで……」
「どう見ても未熟じゃん」
「う、うううっ。こんなこと言える立場ではないことはわかっています。でも……約束してください、無事に帰ってくるって」
 エリザベートがそう言うと、彼らの軽快な声が返ってくる。
「あたりまえだ。テキトーにやるし!」
「でもまあ、おチビちゃんの意欲分くらいは、出してくるさ」
「お願いします……」
 彼等の足音が遠くなっていく。
 エリザベートは全てが終わるまで、神殿の前で待つことにした。
 それが自分にできる唯一の役割だと信じて。

 バニラは神殿に訪れた他の人物についていって、再び神殿の中に入り、色々な人に神殿の重要な本を見せてほしいとせがんだが、応じてくれるものはいなかった。
 尚、先月ウォテュラ王国の王家の血を引くサーナの親族が暮らしていた部屋や倉庫で見つかったものの調査が、関係者のみで神殿で行われていたが、こちらは一般人に伏せられた機密情報であり、調査は現在も関係者や、普段から神殿で仕事をしている信用のある者のみで行われている。神殿及び領主がこちらを開示することは今後もないだろう。
 そしてバニラは壮大な夢を持っていたが、彼女が解明したい真実を知る術も、作成したいものを作る技術、装置もこの小さな世界、マテオ・テーペには存在していないことを上層部の大人達は既に把握している。
 あるとしたら、なせるとしたら……外の世界。
 箱船に乗って外の世界に出ること。希望は外の世界にしかない。

 

*  *  *


 地下倉庫に、休憩が出来るスペースが設けられていた。
「お茶を淹れてきました」
 皆が少しでもリラックスできるようにと、アリス・ディーダムはハーブティーを淹れてきた。集まった皆に配って、
「ラトヴィッジさんからの紹介で来ました。よろしくお願いします」
 そうサーナにお辞儀をしてから、座った。
「よろしくお願いいたします」
 サーナもアリスに、そして皆にお辞儀をする。
「ねえ、リック」
 イリス・リーネルトが共に訪れたリック・ソリアーノに問いかける。
「もしかして継承者のこと、何か知ってるの? あの時リック、悲しそうな目をしてたから」
「知らないよ。だけど、さ」
 リックは少し迷った後、こう答えた。
「箱船は、洪水の前から作られてたんだ。そして、姫様は何故か偶然、洪水の時ここにいた。
 僕は国や政治のことは何も知らないけれど、お父さんたちはきっと色々と知っていたんだろうなって。国の人達のために、民には何も知らせずに、頑張ってきたんだと思う。それでも、沢山の人を救えなくて……遠い昔も、3年前も。
 僕達は知らないうちに、多くの命を犠牲に、今生きてるんじゃないかなって思ったら、悲しい気持ちになったんだ」
「……そうだね。もう誰にも死んでほしくないよ」
「うん。だからイリス、一緒に頑張ろう。僕は隠し事しないから」
 イリスはリックの悲しげな目を見詰めながら、首を縦に振った。
「それで結界に入る順番だが……その前に、ガキは勿論、高齢者は結界内に入らず、ここでのサポートを担当してもらいたい」
 サーナの傍で立っている高齢の使用人たちに、リベル・オウスが言った。薬師であるリベルもラトヴィッジからの紹介で訪れていた。
「行きますよ、あなた達若者こそ、ここに残ってください。もし、私たちが倒れるようなことがあったら、その時は……頼みます」
 仲間を集める事に関しては思いとどまったものの、本人たちはサーナに付き添い、生命力の提供を行うことを自分達の使命とまで考えていた。
「その覚悟に水を差すようで悪いがあんた達の命の使い所はここじゃない」
 倉庫への入口を閉じ、最後に訪れたナイトが、使用人たちの前に立った。
「ここではないのなら、どこだと? 食糧もこれからどんどん不足していくというのに」
「もうすぐ箱船が出航する。その後に残された人達に生きていく為の技術や知恵を伝えてほしい」
 誰が残るのか、残された者たちだけで生きていけるか……未だわからない。
「その中でも生きていく為に知恵を絞り、生き残る術を教えてくれる人が一人でも多く必要なんだ」
 ナイトは使用人たちにそう訴えていく。
「だから、ここではなくそこであんた達のこれまで歩んできた時間の軌跡を、残された時間を使って欲しい」
 そして「この通りだ」と頭を下げた。
「よしてください、騎士様」
 頭を下げ続けるナイトに、使用人は手を伸ばし、顔を上げさせた。
「ここで待機して、連絡係や、消耗した人の介抱を手伝ってくれないかな? 神殿で働いてる皆さんなら、連絡係向いていると思うし、わたしたちより、介抱する方法とか、疲れをとる飲み物のこととか、知っていると思うし」
 イリス・リーネルトがそうお願いをすると「こんなに若い子が命を注ぐというのに……」と、不安と不満をあらわにした。
「先に亡くなった者達は、共に死んでほしかったなどと思ってはいない。魔力が少なかろうと年を重ねた者には、年を重ねねば得られぬものを多く持っている。それはこの先の世界で、まだ年若い者達にとって必ず必要になってくる。心意気には敬服するが、ここはその『若者』を信じて、引いてくれないか?」
 エイディン・バルドバルが前に出て、そう言った。
 見かけはともかく、彼もまた20代の若者だった。
 使用人達は顔を合わせて少し考えた後「わかりました……」と答えた。
「ただ、皆さんが無茶をするようなことがあったら、私達も行きますよ」
「大丈夫。こちらは任せてくれ。どうか介抱をよろしく頼む」
 ナイトがそう言い、使用人たちは首を縦に振った。
「よし、それじゃここは任せるとして、結界は長時間ずっと張りっぱなしってわけじゃないだろ? 入る順番を決めておいた方が良いと思うんだが」
「結界を解けば、入れ替えを行うことは可能です。長時間の作戦になるので、状況を見て行っていきたいのですが……」
 リベルの問いに、サーナが答えていく。
「ただ、私は離れることが出来ませんので、常に生命力を送り続けることになります。頑張りますが、無駄にエネルギーを送ることは避けたいです」
「そうだな。まずは、体力がある奴に先に参加してもらい、他の奴らは結界外で待機ということでどうだ?」
「はい、それが良いと思います」
 サーナがそう答え、体力のある者から結界内に入ることとなった。
 ナイトが地下への扉を開けて飛び下りると、部屋のランプに明かりを点していく。
 続いて、エイディン、伯爵直属の騎士、囚人たち、ラトヴィッジが声をかけた友人達が下りた。
「どうやら私は相当後になるようですね」
 貴族のマーガレット・ヘイルシャムは、館の貴族たちに声をかけて訪れていた。
 マーガレットは生まれながら病弱で、体力には乏しい。
「あの……危険だと思うので、ここでお手伝いをしていた方が良いのでは」
 サーナはとても心配そうにマーガレットにそう言った。 
「大丈夫です……と言ったら嘘になってしまいますね。無理はしませんとでも言っておきましょうか」
 心配されようとも、マーガレットには力を、気持ちを届けたい相手がいた。
「すごく個人的な事ですけど、私はバートのことを愛しています」
 突然の告白に、サーナが驚いて目を大きくした。
「この前は愛していますと言葉で伝えても、どうもうまく伝わっていなかったように思えた私のこの想いを、どうか彼に伝えてください」
「は、はい」
 サーナは少し顔を赤らめている『愛している』という言葉に照れているようだった。
「なんだか……私だけサーナさんに恥ずかしい恋心を告白をしたみたいで不公平ですよね?
 なので、サーナさん、貴女しかできないことが後一つ。貴女の彼への想いはもう彼に伝えてありますの?」
「ええっと……はい。ただ、『愛しています』とは言ったことないです」
 サーナは自分の気持ちをまっすぐ伝えている。
「そうですか、では一つ助言です。男は鈍いです。特に騎士とか最悪です……でも、大丈夫、きっと彼も同じ気持ちですよ」
「そうですよね。ただはっきりと好きと言っても、社交辞令で好きという言葉が返ってくるだけかもしれません。好きだから、どんな関係になりたいとか、何をしてほしいとか言うといいかも……ダメなことはダメって言われてしまうとは思いますけれど」
「サーナさんは貴方の彼に言っていますの?」
「はい、それでラトは私の騎士になってくれました。最近は、もっとぎゅっと抱きしめてほしいとか、ベッドで抱き締めて眠りたいとかも……あ、手紙ですけれど。やっぱり口でちゃんと言うべきでしょうか!?」
 サーナはかなり積極的な娘なようだ。そして2人の関係はもしかしたらマーガレットの想像以上に進んでいるのかもしれない。
「それでは、先に行っています」
 サーナはマーガレットにお辞儀をして、下の部屋に下りて行った。
 ともあれマーガレットとの会話で彼女は少しリラックスしたようだった。

 梯子を使い、部屋へと下りて、サーナは聖石が置かれた台座へと向かった。
「火口への支援、参加させてもらうエイディンという」
 エイディンがゆっくりと近づき、体をかがめて彼女と視線を合わせる。
「結界内にいるだけでも火口へエネルギーを送れるそうだが、どうしても力を送りたい者がいるんだ。石に直接触れても良いだろうか? よろしく頼む」
 サーナはエイディンを眺めて「わかりました」と頷く。
 巨漢で、体力に溢れていると思われる彼は、強い生命力をも持っているように感じた。
「それでは、合図が届きましたらお呼びしますので、お願いします」
 サーナが厳かな声でそう言い、聖石に向き直る。
 エイディンは一先ず後ろへと下がった。
 部屋の中には、エイディンとナイト、ラトヴィッジの友人4人、ナイトの指揮下にある囚人3名が中心の台座を取り囲むように立っていた。
 部屋の上部に通気口へと繋がる穴をあけてあった。
 通気口の先は、火山へつながる道へと続いているそうだ。
 一般の協力者と警備隊員が中継し、火山に向かった者たちからの合図が届けられる。
 待っている間にも、体に感じる地震が何度もあった。
 ここから火山までの距離は4kmくらいだろうか、サーナが想像していたよりも、部屋に集められた人の人数はとても少ない。そして、無理はさせないという方針……正しい、とは思う。
 だけれど、本当にそれでいいのだろうか? 大切な友達と想う、アーリーたちだけが何故こんなにも負担を負わなければならないのだろうと。
 魔力の暴走で、世界が水の中に沈んだのだとしたら。
 ここに集まった僅かな人の生命力でその力を押しとどめることなんて……。
 サーナは集まった人々を見回した。
(私は、アーリーが危険な状態に陥った時、ここに集まった人々の命を優先にするのだろうか――)
「サーナ」
 彼女の騎士、ラトヴィッジが後ろから近づいて、彼女の身体を支えるように抱きしめた。
「君が倒れたら、誰の思いも届かなくなる。誰も助けられなくなる。周囲の皆の状況は俺が伝える。俺を信じてサーナは集中してくれ」
 考えなくていい、大丈夫だと、ラトヴィッジはサーナの頭をぽんぽんと叩き、サーナはこくりと頷いた。

 小さな笛の音が届いた。
 長く1回。深部に接近した合図だ。
「では、始めます」
 呼吸を整えて、サーナは聖石に手をかざした。
 目を閉じて、深く集中する。
 聖石が仄かな光を放ち、小さな光は線状になり部屋に広がっていく。
 線は複雑に絡み合い、部屋全体に魔法陣が浮かび上がった。
「……結界を張りました。生命力の提供を行います。楽にしてください」
 魔法陣が鈍く瞬く。その場にいる者たちは、少しずつ、少しずつ力が奪われていく感覚を受けた。
「では、いいだろうか」
 エイディンが近づき、サーナが頷く。
 エイディンは彼女の向かいに立ち、聖石に手を当てた。
 急激に、石に力を吸い取られる感覚を受ける――。
 彼が思い浮かべるのは、ピア・グレイアム。火山深部同行者の発表時に、エイディンは彼女の想いを垣間見ている。
(あれほど熱心に志願するんだ。何か想うところがあるんだろう。俺はそれを後押ししたい)
 魔力が渦巻く地に、魔力のない自分が直接乗り込んでは足手まといになってしまう。
 だが、この聖石を介してならば、力になれる。
 エイディンはそうして力をピアに注ぎ続けていた。
 しばらくして、次の合図の音が部屋に届いた。短く、2回。
 深部突入の準備が整ったという知らせだ。
 一旦、結界を解き、急ぎ、人員の入れ替えが行われる。
 サーナと、ナイト、ラトヴィッジ、エイディンはそのまま残り、彼等の友人達と囚人が上の階に戻り、アリス、イリス、イリスの知り合い2人、マーガレットと彼女が声をかけた貴族6人が下りてきた。
 サーナは再び結界を張り、皆の生命力を送りはじめた。
 その直後だった。
 地鳴りと共に、大きな揺れが、部屋を――いや、マテオ・テーペを襲った。
 声をあげて、近くにいたものと支え合い、しゃがみ込む。
「深部に近づいた影響だろう。力を途絶えさせてはいけない」
 エイディンは思いを込めて、よりピアに力を送る。
(アーリー、ごめんね。苦しい思いさせて、ごめんね……世界中の皆も、ごめんなさい)
 サーナの息遣いが荒くなっていた。
「大丈夫だ」
 力強く、ラトヴィッジがサーナの手を掴む。
「俺達は未来へと進む為に力を合わせてる。サーナは謂わばリーダー役。
 俺がここに居る皆がサーナを頼り、そしてサーナを支えてる。
 皆、サーナと一緒に命を燃やし、生きるために一緒に戦ってる」
 恐怖と、悲しみと、自責の念に苦しむサーナの心に、ラトヴィッジの声が響いていく。
「独りじゃない。
 俺は……騎士としてだけじゃなく、一人の男として君を愛してる」
「ラト……」
「一緒に戦おう。俺達は負けない。
 火山で頑張る皆も驚くくらい、俺達の力、見せつけてやろうぜ」
 震える手を握りしめて、サーナはこくりと頷く。
「皆様、お願い、します……っ」
 サーナの肩にそっと手を置いて、マーガレットが微笑みかける。
 彼女はリベルからもらった体力増強の魔法薬を直前に飲んでいた。
「アーリーのことなら大丈夫です。彼女にはウィリアムがついていますから」
 そして、サーナの隣で、聖石に手を当てた。
 友人達のことも気がかりだが、やはり一番はバートの事が気になっていた。
 協力者たちは、災害訓練などを積んでいない一般人ばかりだという。
 彼は……バートはきっとかなり無理をするだろう。
(愛しています。帰ってきてください)
 純粋な気持ちを、マーガレットは聖石に注ぎ、サーナに送ってもらう。
 彼に届いただろうか……彼はいま、どんな顔をしているのだろうか。
「無理しないで。交代するよ」
 イリスがマーガレットと代わり、聖石に手を当てた。
 彼女が思い浮かべるのは、明るくて元気な女性。
 共にマテオ・テーペを眺めたり、プールでトレーニング法を教えてくれた人。
(メリッサさん、応援してるよ)
 火山に向かったという彼女の役割や、胸に抱く想いは分からないけれど助けになりたい、応援したいと心から思った。
 誰かが死ぬのは嫌。だから自分自身もきちんと引くべきところで引いて、イリスは後ろに下がった。
 途端、また激しく大地が揺れた……先ほどよりも大きい。
 そして、揺れは長く続き、皆を苦しめる。
 火山に向かった人達はもっと苦しい。もっと苦しくて、揺れは激しく、危険に襲われている。
 アリスはいたたまれない気持ちで、右手で聖石に触れる。レイザが作ってくれた指輪を嵌めた左手は、自分の胸に。
(満天の星のように光と癒しを貴方に……)
 アリスは彼が、戻ってくるつもりがないということを知っている。
 自らの身で、火山を鎮める気であることを。
 それでも……生きていて欲しい。
 彼の負担にはなりたくない。だけれど、生きていて欲しいと、強く強く強く――アリスの強い想いは、体中から溢れ、涙がぽたぽたと流れ落ちる。そして手を伝い彼のもとに。
(無事に生きて戻れるのなら、私の命が尽きても後悔はありません)
 待っているという約束は果たせないけれど、それでも……!
「レイザさん……お願い……生き、て……」
 生きていて欲しい、どうか、どうか……生きていて……。
「そこまでだ」
 アリスの両肩が、ナイトにより掴まれ聖石から剥がされる。
 代わりに、ナイトが聖石に触れて、レイザに力と強い意志を送る『皆で生きる』と。
 アリスの意識は既に朦朧としていた。崩れ落ちる彼女を、ナイトが抱き上げる。
「一旦結界を解いてくれ」
 彼女を抱えて、ナイトは梯子を上り、リベルにアリスを預けてすぐ飛び下り、再び生命力の提供が始まる。
 揺れが一層激しくなる。神殿が崩れるのではないかというほどに。
(この命、全部持っていけ。だから、想う人と共に無事、帰って来い)
 エイディンが最後の力を振り絞り、ピアに力を送る。
 彼の無茶な行為は、彼が倒れる直前まで気づかれなかった。
「……馬鹿なことしやがって」
 ぐらりと揺れた身体を、ナイトが支える。
「サポートで誰かが犠牲になるのは、嫌だよ……」
 イリスが涙を浮かべながら、悲痛な声で言う。
「サーナももう限界だ! 一旦休憩を」
 ラトヴィッジがサーナを後ろから抱きしめている。
「アーリーが、みんなが、死んじゃう……」
 彼女はもう自分の力では立てない状態であり、青い顔でただひたすら、力をコントロールしていた。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 大きな地鳴りが響き、声を出す余裕さえないほどの凄まじい地震が起こる。
 何かが崩れる大きな音も――。
「届かない届かない届かない……」
「サーナ、ストップだ。君の命が危ない。だから、やめてくれ」
 ラトヴィッジは無理やりサーナを抱えて、床に転がり込む。
「薬を!」
 そして、リベルからもらっていた体力回復薬をサーナに飲ませた。
 彼女は、青い顔のまま目を大きく開いたまま言う。
「ラト……力が、ほとんど届かなくなった、どこか、洞窟、崩れた……」
「くっ……体制を整え、援護する!」
 ナイトはエイディンを抱えてハシゴを上り、リベルに預ける。
「死なすなよ」
「わかってる。どいつもこいつも、無茶しやがって。おい、起きろ! まだ終わっちゃいねぇ、これからだッ」
 リベルはエイディンの身体を揺らし、頬を殴り、無理やり意識を戻させると、気付け薬を彼の口に流し込んだ。
 大地の揺れは治まらない。この階にいる者も立っていられない状態だった。
 イリスは自分の胸に――胸に在る大切なブローチにそっと手を当てた。
「……リック、わたし行かなきゃ」
「うん、僕も行くよ」
 イリスとリックが立ち上がり、慎重に梯子を上ってきた。
「そうか、そうだったな。頼んだ」
 支え合いながら地上階へと向かう二人を、リベルは見送った。
 イリスは魔力制御装置の術者として、選ばれた娘だった。
「うおっ!」
 体が跳ね上がるほどの揺れに襲われる。
 使用人達はパニックに陥ることなく、生命力を捧げた人々の介抱をしてくれている。
「さて、俺はどっちのサポートに行くべきか」
 リベルが腰を上げたその時。
「……あんたは」
 神官そして、神官に続き、見知った少女が下りてきた。

 

*  *  *


 揺れが続く中、聖石を介した生命力提供が再び行われようとしていた。
 その時。
 バタバタとした足音と共に、突如開いた扉から、声が降ってきた。
「聖石を魔法具に返してください! 水の障壁の負担が急激に増しています!!」
「待って……待って……待って……」
 サーナが台座の前に立ちふさがった。
「障壁が崩壊したら、全て沈んでしまいます! これは伯爵の命令です」
 それまで黙って生命力提供に協力していた伯爵直属の騎士が、前に出た。
「やむを得ない。神殿の魔法具で全て遮断する。地下通路もだ」
「どうして、どうして、どうし、て……私達は、また誰かを犠牲に生きるの!? 虐げてきた人を犠牲に生きるの!?」
 サーナが狂ったように泣きながら、声を上げる。
「待ってください」
 穏やかな少女の声が響いた。
 神官に続き、梯子を下りてきたのは――ベルティルデ・バイエル。
 ウォテュラ王国の姫、ルースの侍女だ。
「今、ベルと、ナディアさん、水の魔術師の皆さんが必死に、障壁を支えています。わたくしたちの大切な仲間を助けるための時間は、もう殆ど残されてはいません」
 ベルティルデは上着を脱ぎ、背に在る痣をあらわにした。
 それは、龍のような蛇のような徴。
 継承者の、証。
「わたくしが、導きます。皆様の心を――」
 命を、想いを、彼等を守る力に換える。一度限りの最後の時。


第3章 生きる道

 時は少し遡る――。
 火山に向かう入口となる洞窟の前に、火山深部に向かう者とサポートする者たちが集まり、出発の準備を進めていた。
「ミーザ・ルマンダです。ピアさんの紹介で、ロスティンさんと一緒に同行させていただくことになりました。よろしくお願いします!」
 メイドのミーザが火山に向かう人たちにぺこりと頭を下げる。
 魔力制御訓練に参加していた彼女は、実習生たちの推薦とピアの紹介もあり、今回の作戦に加わることになった。
 彼女のたっての希望で、貴族のロスティン・マイカンも同行することになっていた。
 まだ学生だが、貴族であり、水の魔法に長けた彼の参加により、直前に辛うじてメンバーが決定した。そして準備がやや不足した状態で決行の日を迎えていた。
「こんにちはー。それと、お久しぶりです。脱獄の時は迷惑をかけて本当にごめんなさい。みんな根は良い人達なんだけど、気が立ってたから……」
 トゥーニャ・ルムナが2人に、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
 ミーザは脱走の時に人質になり、ロスティンはミーザとの人質交換で、囚人たちに長い間拘束をされていたのだ。
「あー、うん。彼らの一部はともかく、全員が悪人じゃないってことは分かってるよ」
 ロスティンがそう答えると、トゥーニャはぱっと笑みを浮かべた。
「何かの縁あって、また一緒に行動することになったみたいだからよろしくお願いします。頑張ろうね!」
「ああ、よろしく」
 ロスティンは笑みを返すが、ミーザは複雑な表情だった。
「私も怖かったですし、一緒に頑張ってきた仲間の騎士さん殺されていますので、主犯達をいい人なんて絶対に思えないですよ……。魔力訓練で一緒になった方にも、私絡まれて、アニサさんに助けてもらったんです」
 ね! と、ミーザは隅の方でそっぽを向いているアニサ……アーリー・オサードに声をかけた。
「別に大したことしてないわよ」
 ちらりと見て素っ気なく言い、アーリーはすぐに視線を逸らした。
「あなたは騙されてただけなんでしょ? もう悪い人と関わったらだめですよ。今日はよろしくね!」
 トゥーニャはミーザにそう諭されてしまった。……子供だとも思われているようだ。ずっと年上なのに。
 騎士や館で働いている人からすると、主犯格の囚人はそんな風に見えていて、許されることはないのだなと、悲しくなってしまう。
 が、今はその話をしている場合ではない。
 彼等の話を出さなければ、騎士もミーザもトゥーニャの仲間なのだ。
ウィリアムだ。よろしくな。ロスもあんたに対して本気らしいんで、少しだけ期待してみてくれ」
 ウィリアムがそうミーザに微笑みかけると、ミーザは薄らと赤くなり嬉しそうな笑みを浮かべた。
「メンバー全員で会議を開く時間もとれず、申し訳ない。此処で簡単にでも打ち合わせをしておきたい」
 バート・カスタルがメンバーを自分の周りに集めた。
「まず、本人から挨拶があったと思うが、ロスティン・マイカンと、ミーザ・ルマンダが作戦に加わることになった。それから、メリッサ・ガードナーはレイザのサポートとして、深部に向かうことになった。っと、それ以前に、この作戦のリーダーがレイザだということを、知らない人もいるよな」
「レイザ・インダーだ。俺からの依頼で、警備隊にメンバーを集めてもらっていた。深部までの道は、俺が指揮する」
 黒く、目立たない服を纏ったレイザば挨拶だけし、説明はバートに任せる。
「現在の状況だが、洞窟は障壁の外にある火山まで掘り進められている。この先はガスの量が多くなり、逃がすことも難しいため、風の防壁で空気を守りながら進むことになる」
 警備隊員の風魔法の使い手と、トゥーニャが空気を守りながら、集まった者達の力、及び地の魔術師たちの魔法で、自分達が通れるくらいの道を作り、進んでいくのだとバートは説明をした。
 土砂の運びだしは行わず、周囲を固める形で空洞を作っていくそうだ。
「正確な距離はわからないが、1kmはないはずだ……恐らく500mくらいか」
 それでも火口にたどり着くまで、数時間はかかるだろう。
「それくらいなら、笛の音、届きそうだね」
 アウロラ・メルクリアスは、 神殿からサポートが行われるという話を聞き、笛をもちいての連絡を提案してあった。
 神殿とのタイミングを合せれば、双方の負担を抑えられると思うから。
 神殿から障壁までの距離は、現在2.7kmくらいまで狭まってしまっている。
「風魔法使いの騎士様と、他にも何人かお願い出来るといいな」
 洞窟は直線ではないが、数人協力者を配置すれば、笛の音は神殿の地下に直接届くはずだ。
「メリッサさんが深部に同行するそうですが、レイザさんのサポートとのこと。
 バートさんのサポートのために、深部へ同行させてはもらえないでしょうか」
 ピア・グレイアムが真剣な目で、バートに、隅の方にいるアーリーに願い出る。
「道を作るバートさんの負担が大きすぎますので、その補助よりもバートさんご自身を回復する方が皆さんの帰還に繋がるというのなら、同行したいです」
「んー。メンバー的に、ピアはトゥーニャの回復に回ってもらわなければならなから、同行は無理だな」
 バートはそう言い、これはアウロラとトゥーニャには話してあることだが。と前置きして続ける。
「アウロラとトゥーニャのコンビでは、魔力の差が大き過ぎて、アウロラが魔力増幅薬を服用しても、トゥーニャが必要とする分の力を注ぎ続けるのは無理なんだ」
 洞窟を掘り進める数時間の間も、ガス対策は必要となる。
 トゥーニャの魔力量ではその程度の事は容易いが体力的には無理である。そしてアウロラに長時間彼女を回復し続けるほどの魔力はない。
 アウロラの内在魔力、魔法行使能力は並であり、魔力増幅薬を飲んで内在魔力を増幅したとしても、トゥーニャの堪能を遥かに超える奇異な魔力を活かすことは出来ないのだ。
 神殿からエネルギーの提供が行われることになってはいるが、有事の際や休憩の際には途切れるだろう。防壁を張るトゥーニャへの回復は切らすことが出来ないため、常に地の魔法使いの誰かが、付き添っている必要がある。
 バートは腕を組み考えながらこう続ける。
「それと魔法行使能力についても、増幅薬を飲んだアウロラよりピアの方が勝っているだろうから、ピアはトゥーニャのサポートについてもらいたい。その方がトゥーニャの魔法能力を活かせる、ということが全体の生還に繋がるだろうから。……本当ならトゥーニャのサポートは、この中ではメリッサが一番適任なんだが。トゥーニャとメリッサに後方支援に回ってもらい、隊員を接近させるとかな」
 といって、バートはメリッサに目を向けると「ごめん、私の力はレイザくん専用」と申し訳なさそう……若干嬉しそうに言った。バートがミーザに目を向けると「私はロスティンさん優先です! あ、アニサさん、ピアさんも回復しますよー」と、ミーザはロスティンの側に寄った。
「……というわけなんだ」
 バートは「女の子って難しいな」と、ピアに弱く笑いかけた。
「逆に同行、接近の人数が多くなりすぎたことを心配している。隊員の場所に留まり退路確保、後方支援に誰か1人回ってくれた方が生還率が上がると思うが……」
「そうすると、深部に行った人の帰り道を護る人がいなくなっちゃうよね。魔力は休憩すれば回復するし、接近した後は出来る限り私がトゥーニャちゃんの回復担当するよ。その間はピアさんには道の維持をしてもらえると助かるかな」
 アウロラがそう言い、接近者たちの安全面が心配されるも反論の声は上がらず、そのように進められることになった。

「ところでアーリー」
 持ち物、装備品の最終確認を行いながら、隣にいるアーリーにウィリアムが話しかける。
「魔力を留まらせる技、やってみないか?」
 途端、アーリーの動きがぴたっと止まった。
「俺も船に乗る努力はする。生き残るために。やるだけの事をやろう」
「無理だから。ごめん、ウィル。無理だってこと伝えておきたくて言っただけだから」
 何故かアーリーは赤くなっている。
「あの男が、深部で使うかもしれないけれど、私には無理だから、あなたは私から離れたら駄目よってことを伝えておきたかったの。習練もせずに使える技じゃないし、その……互いに魔術が堪能で、息を合わせて行うものだそうだから、今試しても何の効果も得られないわ」
「……レイザには使えるんだよな。俺はともかくバートにはその技をかけておいたほうが、アーリーの負担が軽くならないか?」
「やめてー!」
「?」
 前方にいたメリッサが振り返り、何故か大反対をした。
 その理由は深部突入時に、知ることになる。

 

*  *  *


 大地の揺れにも随分慣れた。
 少しの揺れでは動揺することなく進み、エイディンを始めとした、堀削作業、補強工事を担当していた者達のサポートのもと、一向は石板の先の、行き止まり地点まで辿り着いた。
「ありがとう、頑張ってくるねー」
 トゥーニャは背負ってくれたエイディンにお礼を言い、風を操り始める。
「ありがとう。ここから先は、俺らに任せてくれ」
 ロスティンは預けていた水筒を、同行してくれた警備隊員から受け取る。
「私、持ちますよ! 貴族の皆様のお荷物運ぶの慣れてますし、男性の介護経験もあるので、いざという時には、ロスティンさんまでなら、背負えると思います!」
 ミーザがそう言って、ロスティンの手から奪うように荷物をとっていく。
「んー、こんなことまで、ミーザちゃんに負担かけちまうのは、情けないけど……頼むな」
「はいっ」
 ミーザが可愛らしい笑みを浮かべる。
 無邪気に見える彼女だけれど、時折見せる真剣な顔、想いをロスティンは垣間見ている。
 火山への掘り進めは、体力のある男性陣と、地の魔法を使える者が中心となり行われていて、騎士団の風魔法の使い手は、協力者たちを避難させるために一旦戻った為、トゥーニャが風を操り、ガスを退けていた。
 ロスティンは接近まで体力を温存しておくようにといわれ、ミーザと明かりの設置だけ担当することになった。
 負担にならない範囲で、ミーザと一緒に皆の荷物を持ち、皆のあとをついていく。
「誰もが、誰かの家族や知り合いなら、一人でもいなくなると悲しいよな」
 皆の背を見ながら、ロスティンがそう呟く。
「ならうん、ちょっくら俺がどうこうなっても誰も死なせないのが一番だぜ」
「ふふ、ロスティンさん、根はホント優しい人なんですよね。無理しすぎちゃダメですよ」
「ま、俺もギリギリまで頑張るけどな。ミーザちゃんに負担をかけすぎるようなら、退くべき時に退くさ」
 ロスティンが持つ魔法鉱石をもちいた照明具が、ミーザを優しく照らしている。
 ロスティンは健気な彼女を、大切に想うようになっていた。
「帰ったらさ、親父や兄貴と向き合って、俺が何をどうしたいか言うつもりなんだ」
「やりたいこと、出来たのですか?」
「箱船の乗務員に応募した。ミーザちゃんと一緒に乗りたいと思う」
 ロスティンの言葉に、ミーザは驚いて目を見開いた。
(きちんとしたプロポーズは帰ってから、だ)
「足元、気を付けてな。疲れは仕方ないとして、無傷で帰ろう」
「は、はいっ」
 ミーザはロスティンに少し照れたような笑みを見せた。

 空気を保ち、周囲を固めながら掘り進めて数時間。
 防壁で守る空気がだいぶ熱くなり、掘り進めることが難しくなってきた。
「この辺りに待機できる空間を作ろう。ロスティン、頼む」
 バートの指示で全員が待機できるだけの空間を作ることになった。
「了解。皆離れるなよ。あと、大地とかは冷やせないから、触らないようにな。倒れそうになったら後方に下がるんだ」
「でも、風の防壁の外に出たら駄目だよ」
 ロスティン、トゥーニャがそれぞれ、水と風の魔法で皆を守りながら注意を促す。
 火口間近と思われるこの地点で、アウロラは笛を吹き、神殿に到着を告げて、それぞれが持ってきた魔法薬を服用する。
「レイザくんは薬飲まないの?」
 1人、魔法薬を飲まないレイザに、メリッサが尋ねた。
「体内の魔力のバランスを崩したくない。それと、必要になった時にはこれを使うから」
 レイザがスッと手を上げた。
 彼の右手の中指には、小さな石のついた指輪が嵌められていた。
「魔力増幅装置だ」
 小声で、レイザはメリッサだけに教えた。
 地鳴りが常に響いている。ゆらゆらと揺れる大地の上で、恐怖心を飲み込み、一行は辛い作業を進めていく。
「あ……少し、体が楽になりました」
 ピアが汗をぬぐい、ほっと息をついた。
 神殿から送られてる命のエネルギーが、皆を癒し護ってくれている。
 特にピアには。道中サポートをしてくれたエイディンが力を送ってくれていた。
 作業を進めて数十分、全員が待機していられる空間が完成してすぐに、レイザが皆に言う。
「では、火口への道を開く。マグマと、溜まっている魔力が流れ込んでくるだろう。
 マグマの流れ込みを抑えつつ、深部に向かった者が帰還するための道を保っていてくれ。長引いても数分だ」
 レイザとアーリーが上着を脱ぎ、腕や足を露出させた。
 シャンティアが作ったビーズが、アーリーの胸の前で煌く。
「ん? レイザくんも何か首から下げてるんだね。お守り? 生徒さんに貰ったのかな」
 メリッサは、レイザの首にお守りが下げられていることに気付いて尋ねた。
 青地に星の刺繍が入ったそのお守りは、手作りのようだった。
「ああ。ただ、これはお守りじゃなくて『お守る』」
 不思議そうな顔をするメリッサに、お守りを握りしめながらレイザは「守るんだよ」と言った。
「お前のそれは……あの時のか」
「うん、そう! 幸運のお守りだからね」
 メリッサはレイザからもらった四葉のクローバーを押し花にして小瓶に戻し、首からかけていた。
「……メリッサ」
 レイザがメリッサを引き寄せて、彼女と唇を重ねて力を注ぎこむ。
 約束を守れば、レイザが自分を置いていくことはないということが解っていたから、メリッサは彼の力を受け入れた。
 アウロラが、笛を2回、障壁内へと続く道に向けて吹く。
 決行の準備が整った合図だ。
「待ってくれ」
 ウィリアムが今にも突入しようとするレイザを止めた。
「神殿の奴らも命を使って力を送ってくれている。血の問題での不満等も解るが、同じ土俵に立ち援護したいと思っている奴らの気持ちもわかってやってくれ」
 ウィリアムは傍らにいるアーリーに目を向けた。
「聖石は神殿にあった。石を用いて、皆が力を届けてくれているんだ。アーリーにはサーナからの援護、届いてないか?」
「……」
 答えない彼女に、ウィリアムはこうも尋ねた。
「レイザを生かしたいか?」
 アーリーの顔が軽く反応を示した。
 少し前に彼女は、生きたい理由が出来た、その夢が叶わなかった時には、自決すると言っていた。
 彼女が生きるためには、その夢を叶えるには、同族が必要なはずだ。
 ここでレイザが死ねば彼女も――。
「そうね……彼が生き延びたら、私のモルモットとしての価値が下がるでしょうから。
 サーナからのサポートなんてありがたくないわ。そんなの偽善でさえない。何かしなければ、自分自身の心が救われないからやっているだけ。大体その聖石、真の力を引き出せるのは継承者だけなのでしょう? それなのに……返してさえくれない」
 アーリーの顔が悔しげに歪んだ。
 聖石がレイザの手の中にあったのなら、別の手段を試みることができたかもしれない。
「自己犠牲では一族は救われない。あなた以外は何も要らない。あなたが生きるために他の全てを犠牲にできる。それだけの気持ちがなければ私達を生かすことはできない」
 アーリーのその呟きは、彼女の傍にいる者にしか聞き取れなかった。
 ウィリアムは再びレイザに目を向けた。
「絶望を感じてはいるが、アーリーもあんたに生きていてほしいと思っている。神殿にいる奴らも命を賭けてるし、引き際も見極める。だから、少しだけチャンスが有りそうなら足掻かせてくれ」
「……ここで議論するつもりはない。見極めるのは俺だ」
 レイザもアーリーも何か言いたそうではあったが、それぞれここでは言えない理由があった。
「ねえ」
 真の目的を知らされていないトゥーニャが不思議そうに尋ねる。
「改めて確認したいんだけど……今回の作戦、ここでレイザさん達を見送った後、ぼく達は何を持って作戦……儀式が終わったと思えば良いのかな?」
「君が気にする必要はない。深部での作戦が終了したら、俺が戻って撤退の指示を出す。
 万が一の際の指揮はピアに任せてある。俺達が合流出来ない時には、ピアの指示に従って、君達は帰還するんだ」
 バートがトゥーニャにそう答えた。
「ええと……ぼくはガス対策の防壁を張り続けるために動けなくなるだろうから『早く迎えに来て』ね?」
「……出来るだけ早く戻ってくる。だが、深部に行くメンバーは、戻ってきても君のサポートは出来ない。体力的にギリギリだろうから。君は一緒にいる仲間を頼るんだ」
 それからバートは残る皆、最後にピアを見て「頼んだ」というと、皆に背を向けた。
 レイザはトゥーニャの方を見ようとはしなかった。
 帰ってくる気はないのかもしれない。トゥーニャも、ここに残る者たちもそう感じてしまい、不安感が押し寄せる。
 次の瞬間、強めの地震が起き、一同軽くよろめいた。
「うおおっ……」
 突然、バートが声を上げて照れたような笑みを浮かべた。
「ありがとう、行ってくる」
 彼はそう言い、体に甚大な負荷がかかる魔力増幅薬を飲み、壁を開き深部への道を開いた。
 使用後の負担を緩和する薬も渡されていたが、彼はこれを飲まなかった。薬の効果に多少でも影響が出る可能性があるからだ。
 壁を開いた直後、火口から強い力が流れ込んできた。
「うん、ありがとう」
 メリッサは薄着になりながら、届いた気持ちに答えるようにそう言い、レイザの身体に腕を回した。
 アーリーがウィリアムの手を掴み、ウィリアムがバートの手を掴む。
「ウィル。無理はしないで。いざとなったら、私を背負いなさい。私の体力温存にもつながるし、魔力にさらされている面積が少ない方があなたの負担が減るでしょうから」
 流れてくる魔力の波動は、強めの魔力増幅薬を飲んでいてもウィリアムにはきつかった。
「それじゃ、頼んだ!」
 強い笑みを浮かべ、そう言うとバートは開いた火口への道に足を踏み出した。
 ウィリアム、アーリーが続き、その後にレイザ、メリッサが続いた。

 トゥーニャの風の防壁に守られ、数十秒――十数メートル進んだところで、バートは後方のマグマを閉じた。
 レイザとメリッサが前に出て、メリッサが床のマグマを歩きやすいように整える。
 彼女はレイザから離れないよう、常に抱き着いていた。少しの間離れても、レイザに注ぎ込まれた魔力で耐えられるようだが、高温のマグマの中では数分と持たないだろうと聞かされている。
 大地が強く揺れている。荒波の船に乗っているようだった。
 恐らく町に……被害が出ているだろう。
 熱い。
 一族の魔力で守られているはずなのに、熱い。
 苦しい。
 酷く息苦しい。
 激しい熱が、体中を駆け巡り、何もかもを奪っていくような、そんな感覚に襲われる。
 レイザとアーリーの呼吸が、次第に荒くなっていく。
「や、めろ……それ以上は、要らない、お前の命なんて、要らない!」
 突如レイザが激しく頭を左右に振る。
「俺は俺のまま、お前達を守る、守るんだ……止めて、くれッ!」
「レイザくん、レイザくん……」
 何が起きているのかわからず、メリッサは苦しげな彼をただただ抱きしめる。
「憎しみに身を委ねなさい。一族の無念を晴らしなさい。あなたは生きるのよ!」
 突然、アーリーがレイザに向けて大きな声を上げた。
「力を吸収して自分のものにしなさい。男の継承者には、吹き溜まりの魔力を制する力があるという言い伝えがある! 炎の意志のもと、あなたは生きて、世界を壊し創生するのよ!!
 レイザが激しく頭を左右に振り、強く目を閉じた。
「はあ……はあ……っ。大丈夫だ、あいつが、守ってくれた……」
 弱い笑みを浮かべると、レイザはメリッサを抱きしめた。
「ごめん」
「レイザくん何か悪いこと、した? 謝ることなにもないよ! ずっと、一緒だよ」
 メリッサはそう言って、目に涙を浮かべながら微笑み、彼を強く強く抱きしめた。
 レイザはメリッサと共に倒れるように、マグマの中に飛び込んだ。
「生きて……生きて、よ。それだけが、私達一族が生きる道」
 アーリーが倒れかかり、ウィリアムが支える。
「魔力の中に、一族の思念が残っている。悲しい、悲しい……悔しい。辛い……辛い、辛い、辛い……」
 怒りか悲しみか、体を振るわせる彼女を、ウィリアムは背負った。
 神殿からのエネルギーがほぼ届かなくなっていた。魔力にさらされたウィリアムの身体も、限界に近づいている。
 バートはレイザとメリッサが消えた先を悲痛な表情で眺め、唇をかみしめ、「帰還する」と身を翻した。

『この作戦の目的は、痣のあるこの身体を確実に、マグマの中に運ぶこと』
 ピアはウィリアムと共に秘密裏に、そう聞かされていた。
 火口への入口を開いた途端、強い魔力が流れ込み、洞窟へ――マテオ・テーペへと流れ込んでいった。
 異物を排除しようとしているかのように、地震は更に強くなり、治まることはなかった。
 早く戻ってきてほしい。だけれど、バートたちが戻ってくるということは……。
 ピアは複雑な思いで、バートが開いた道からマグマが流れ込まないよう、魔力で抑えていた。
 ……と、ずっとピアを護ってくれていた強い力、そして神殿から送られる生命力が途切れた。
「ありがとうございます。頑張ります」
 こちらからの想いは届かないけれど、神殿から力を送ってくれる人たちへの感謝の気持ちが口から出ていた。
 レイザとメリッサの姿ももう見えない――岩石の入口は開いたままだが、その先は赤いマグマで塞がれてしまっている。
「皆、大丈夫?」
 風の防壁の維持に努めながら、トゥーニャが皆に尋ねた。
 魔力の波動が勢いを増していく。夏の熱い陽射しを浴びているような感覚を受けていた。
 トゥーニャは自身の魔力で他者を護ることくらい出来るのだけれど、風の防壁との両立は体力増幅薬を飲んでいるとはいえ、危険かもしれない。
「大丈夫だ、これくらい。ミーザちゃんも、みんなも俺から絶対離れるなよ」
 ロスティンはそう言って、ミーザを引き寄せた。
「大丈夫です。ロスティンさんは私が守ります! ピアさんも辛くなってきたら、直ぐに言ってくださいね」
 ミーザはロスティンと手を繋ぎながら彼の前に出た。彼の盾になるように。
「私も、なんとか……町が心配だよ。ウィリアムも大丈夫、かな」
 アウロラはトゥーニャを魔法で回復しながら、町の人々や友達の身を案じていた。
 魔力増幅薬を飲んではいたが、アウロラは元々魔力が高くなく、魔法耐性が他の皆よりも低く辛い状態だった。
 ……とその時。
 
 ゴゴゴゴゴゴ、ガガガガガッ――

 体が弾むほどの、激しい地震に襲われた。
「トゥーニャちゃんっ!」
 アウロラはトゥーニャを守ろうと抱きしめて伏せる。
 魔法を途切れさせたら終わりだ。強い意思で皆は集中を保つが、熱い岩石に触れたピアは手足、アウロラは手に火傷を負う――足は動物の骨の義足に変えてきたため、無事だった。
「ありがとう。ぼくに掴まってて」
 魔法で守ることはできないまでも、トゥーニャはアウロラと支え合うように立ち、自分の身で彼女を守ろうとする。
 激しい揺れが続いている。
 魔力の濃度が高くなり、皆の身体を蝕んでいく――。
「温度を下げれば少しは楽に……」
 ロスティンが水筒の中の水と氷を振りまき、場の温度を下げようと力を注ぐ。
「あのさ、神殿からの力殆ど感じなくなった、よな。嫌な音もした」
 そう、度重なる地震で、崩れる音が何度も響いている。
 どの程度かは分からないが、掘り進めてきた障壁内へと続く道の途中も、崩れてしまっているようだ。
 流れ道を失った魔力が更に更に――この場に溜まっていく。
 苦しい。高熱でうなされている時のように。
 体の自由がきかなくなる。
 そして、魔力と共に悲しみ、苦しみ、憎しみの負の感情が流れ込み、皆を苦しめていく。

イラスト:じゅボンバー
イラスト:じゅボンバー

「守らなきゃ、守らなきゃ、守らなきゃ。絶対、みんなで生きて帰る……帰る……帰る……」
 アウロラは荒い呼吸を繰り返し、途切れそうな意識を奮い立たせながら、必死にトゥーニャの回復を続ける。
「バートさん、早く……っ」
 ピアは胸にかけているペンダントを握りしめた。
 これは出発前に、バートから預かったもの。魔力増幅装置だという。発動すれば、自分はただではすまない。だけれど、倒れたピアを出口まで運べる人員などここにはいない。
 洞窟の中にいた人たちは避難しただろうか。激しい地震と渦巻く魔力の中、助けに来れる者達などいるわけがない。
 恐らく、家屋も随分と崩れただろう。下敷きになっている人もいるだろう……。
 そう、これ以上障壁内に影響が及ばないよう、障壁内へと続く道を完全に崩してしまうことが犠牲を最小限に抑える方法だとピア、ロスティン、ミーザは気づいていた。
「町の人たちが助かるのなら、多くの人たちが助かるのなら――」
 自身の命は賭けられる。だけれど、ピアはここで苦しむ仲間達。そして、火口に向かった大切な人を死なせくはなかった。
「崩れた道に風穴だけでも開けられれば、神殿からの力また届くようになるよね? 溜まってる魔力も、外に流れるようになる」
 トゥーニャにはそれを為すだけの魔力があるだろう。
 自分と同クラスの地の魔術師がサポートについてくれたのなら、抱えてもらい飛び、崩れた岩をぶち破って、通路を作ることも不可能ではないかもしれない。
 だけれど彼女には風の防壁を張り続け、仲間を守るという重要な役割がある。
「くっ……火口への道を、塞いでしまえばこれ以上魔力の濃度が高くなることはない、よな。そっちは深部組に任せて、地の魔法使いの誰か1人、後方の道、確保に行くしか、ああ、空気がないか」
 ロスティンが苦しげに言う。
 風の防壁で守っていた空気は、この場と深部に送った分だけ。後方に伸ばす事は出来ない。
 騎士団の風の魔法の使い手が、戻ってきて空気の確保に努めていてくれたとしても、ここから数百メートルの距離がある。
「ロスティンさん、必要でしたらこれも使ってください。固めた水が入っているようです」
 重いビーズ付きのヘアバンドとブレスレッド――シャンティアが作った水のアクセサリーをミーザはロスティンに渡した。
「私、動けますよ。魔法もまだまだ使えます。……アニサさんは、絶対に助けます。私の命に代えても。そのために、どうすればいいですか?」
 ミーザが皆に問いかける。
 彼女が飲んだ魔法薬は、熱対策。そのため魔力増幅薬は飲んではいないはずなのに、彼女の状態はピアやロスティンより良いようだった。
 ロスティンとピアには魔法薬と訓練により並の体力が備わっており、トゥーニャのように常に回復している必要はなく、ミーザは2人の回復の他、自身の体力回復も自分自身で行えていた。
 そうしている間にも、魔力の濃度は増していき、地震は続いている。
 彼女達にマテオ・テーペを護るために犠牲になる以外の道は、残されていないのだろうか。

 

 

個別リアクション

『責務』


■情況・連絡事項
火山方面
二次災害の可能性があるため、洞窟付近にいた協力者たちは避難し、洞窟は立入禁止になっています。
警備隊員が1人、洞窟の傍におり、洞窟に向けて避難を呼びかけています。
洞窟入口から数百メートルの道が3つに分かれている場所に、シェルターが設けられています。魔法鉱石探索を指揮していた警備隊員(地属性、魔力並)1人と、一般の協力者数名(体力並)がここに避難しています。シェルターに避難した者達は無傷、もしくは軽傷です。
シェルターの中には、救急セット、水と非常食、採掘した魔法鉱石の原石(小さいもの複数)があります。
前回の図のA地点(3km位)補強工事も行われていたため、多少の崩落はあるものの十分人が通れる広さがあります。笛をもちいての連絡役を担っていた協力者数名がいるものと思われます。
B地点(500m位)の多くは、崩れてふさがっています。風魔法の使い手である騎士は、B地点入口付近にいるものと思われます。
C地点は、PCの魔法使いたちにより、空気、空間が維持されています。

神殿方面
洞窟がふさがったことにより、聖石を用いたエネルギーがほぼ届かなくなっていました。
水の障壁への負荷が高まったことにより、聖石を魔法具に返さなければなりません。
最後に、1度だけ水の継承者主導による生命力提供が行われます。僅かな隙間を縫い、生命力と想いは深部にいるもの、深部接近者に届けられます。
生命力は結界内にいる者から等しく集められます。聖石に触れて、個人に想いや生命力を届けることもできます。全て同時に一度限りとなります。

障壁内各地
被害状況は不明です。騎士団員は各々救助のため現在地を離れることができません(洞窟、神殿へ応援に来れません)。

魔力制御装置による防衛
洞窟から流れてきた魔力により、現在マテオ・テーペ内は不自然な現象が起きています。
そよ風が流れたり、池に小さな波が発生したり、火が点き難かったり、燃えすぎたり。
そんな魔力の乱れを、魔力制御装置で安定させます。
洞窟が塞がれたまま終わった場合、術者の負担はごく軽く済みます。
火山の鎮めにかかる時間、洞窟から流れてくる魔力の量によりマテオ・テーペに起きる現象、および術者の負担が変わります。
尚、火山が鎮まれば、地震はなくなりますが、火口から流れ出た魔力は治まりません。

箱船乗組員採用者
条件を記入されている方がいましたが、◎を付けている時点で応募はしているものと判断させていただきました。
採用されていても、死亡者は勿論、出航時に最低限の体力が回復していない方も乗船できません。
箱船出航はグランドで描かれますが、グランドに移動していただく必要はありません。

アリス・ディーダム
ウィリアム
ロスティン・マイカン
シャンティア・グティスマーレ
リベル・オウス
アーリー・オサード

NPCの動き
レイザ・インダー
気持ちを揺さぶるアクションがなければ、このままマグマと同化し荒ぶる火の魔力を鎮静させます。

バート・カスタル
肉体の限界を超える魔力を操っており、後遺症が残ることは確定です。どの程度無理をするかにより、後遺症の程度が決まります。
レイザ、メリッサさんを除く全ての民間人が脱出するまで、意識ある限り絶対に先に脱出することはありません。
魔力増幅装置で更に一時的な魔力を増幅した場合、魔法発動後力尽きて事切れます。
自分の存在が民間人の帰還の妨げになり、犠牲が出そうな場合は、潔く自決します。
体格的にウィリアムさん以外の方が彼を背負って移動することは出来ません。

アーリー・オサード
心身共に非常に苦しい状態で、ウィリアムさんとバートを守っています。長くはもちません。

ミーザ・ルマンダ
アーリーを無事に帰還させることを最優先に考えています。そのためなら何でもしますが、無駄に力を使いたくはないので、アーリー帰還に繋がらない手助けはしないものと思われます。
ロスティンさんに関しては、無事に帰還してほしいというより、側にいてほしいという気持ちの方が強いかな。
アーリー、ロスティンさんの体格までの方でしたら、背負って移動することも可能です。

サーナ・シフレアン
結界内に残り、ベルティルデと一緒に生命力と想いを送ります。
ラトヴィッジさん以外の方が、命を賭けることを止めません。

ベルティルデ・バイエル(本名:ルース・ツィーグラー)
ルース姫の侍女として行動していましたが、実際は彼女がウォテュラ王国のルース姫、水の魔力継承者でした。詳しくはグランドの方でご確認ください。
聖石を扱い、火山に閉じ込められている人達を救おうとします。一度限り、想いと力を全力で届けます。
その後、共に聖石を持って障壁維持に使われている魔法具のところに戻り、ナディアたちと障壁維持に努めます。※障壁維持についてはサイドの分野ではございません。

神殿にいる囚人たち
ナイト・ゲイルさんの指示に従い頑張りますが、命を賭すつもりまではないです。

サーナの親族の使用人たち
生命力を提供し、火山に向かった人達のために命を賭したいと思っています。
引き続き介抱に当たるようにと指示があれば、従います。

伯爵直属の青年騎士
ベルティルデの護衛と、生命力提供に従事します。
民間人(貴族除く)が犠牲になるようなことには反対します。

個別連絡
バニラ・ショコラさん
すみません、行いたいことに無理があります。
バニラさんはキャラクター設定的にも、サイドの話題を持ち出さずにグランドでご行動いただいた方が良いかと思います。
最終回もサイドで行動される場合は、神殿から移動しているとしていただいても構いません。サイドではシナリオの状況に沿った行動をお願いいたいます。

ファルさん
既に避難して、洞窟の外(障壁内のお好きな場所)にいるとしても、洞窟内のシェルターの場所にいるとしても構いません。
魔法鉱石採掘ルートは崩れてしまい、これ以上採掘を行うことはできません。

エリザベート・シュタインベルクさん
体格的に神殿地下倉庫から、洞窟に入ることが可能です。
それをして役立てるかどうかはわからないのですが……可能だということだけお伝えしておきます。

ラトヴィッジ・オールウィン
リベルさんから体力回復薬を受け取っています。自分の分はまだ使っていません。
サーナにずっと付き添っているため、そろそろ体力的に限界です。体力回復薬を飲めば回復します。

アリス・ディーダムさん
リベルさんの介抱により、意識は取り戻していますが衰弱した状態です。
無理をすれば命を落とします。
対抗アクションがあった場合、マスターはアクションの内容で成否の判定をさせていただきます。引き続き欲しい協力や情報はPLさんが動いて求め、行わせたいことはPLさんの力で、成功させてください。

マーガレット・ヘイルシャムさん
普通に行動できますが、魔法薬で増強した分の体力を失っているとお考えください。

リベル・オウスさん
現時点で生命力提供に参加しておらず、体力的には一番元気です。
魔力増幅薬と2つと、気付け薬複数が残っています。
気付け薬は効果の高い栄養ドリンク程度の効能とお考えください。
イリスさんが魔力制御装置を使うということを知っています。

ナイト・ゲイルさん
引き続き生命力提供に参加できます。
ナイトさんの指揮下にある囚人(魔力制御訓練に参加していた全員)は、全員こちらに来ています。囚人たちは休んである程度回復している状態です。

エイディン・バルドバルさん
危険な状態でしたが、もともと体力が異常にあるため、リベルさんの介抱により自力で動けるくらいに回復しています。
対抗アクションがなければ、再び生命力提供に参加できるかと思います。

イリス・リーネルトさん
魔力制御装置の扱い者として選ばれました。
次回、神殿の前で装置を用いて、マテオ・テーペ内の魔力を安定させます。
本来1人(一つの意思)でしか使えない魔法具ですが、イリスさんの場合はリックとならば協力できるかもしれません。
体力の限界を超えると、命の危険があります。
火山が鎮まるまでの時間、及び魔力の波動がどの程度流れてくるかによりますが、どの程度の力を行使するか、アクション欄にご記入ください。
・無理のない範囲で、魔力を落ち着かせる。
・魔力全てを使い、救えるだけの人を救う
・命全てを使い、救えるだけの人を救う(万が一の場合、リックも共に逝きます)
……などです。
アクションにはイリスさんの想いを沢山書いていただけると助かります。

トゥーニャ・ルムナさん
誰の助力を得るかにより、行えることが変わってきます。
トゥーニャさん(PC)が頼んでも難しいかと思いますため、可能ならPL間の相談で有効にお力を活かしてもらえればと思う次第です。

メリッサ・ガードナーさん
障壁内に戻る方法はないと思われます。
マグマに飛び込む際に、レイザの指に嵌められた魔力増幅装置を利用し、自分とレイザの周りにだけ空間を作ったとしても構いません。空間を保ちながら、レイザにも力を注いでいるという状態です。
作っていない場合、泥沼の中にいるような状態で、呼吸もできず、目を開けても何も見えない状態で、ただただレイザに力を注ぎます。
前者の場合、1分程度で魔力、体力が尽きます。
後者の場合、1分程度で意識が途絶えます。

ウィリアムさん
レイザの死で火山鎮静に至った場合、アーリーは自身の生きる希望を失います。
その場合も、無事帰還できていた場合、ウィリアムさんと一緒に箱船に乗りますが……その理由、その後の彼女の行動については、察してください。
現在、強い魔力にさらされていますが、アーリーに守られており、なんとか耐えられています。

アウロラ・メルクリアスさん
後方にPCが必要ではないかと思いましたため、作戦案ではアウロラさんをB地点にしていました。前回のリアクション通り、トゥーニャさんの魔力はアウロラさんの魔力では増幅しても活かしきれませんが、コンビではなく個々に接近する分に体力面での問題なかったです。分かり難い文章ですみませんでした。
現在魔力の濃度がとても高い場所におり、トゥーニャさんもアウロラさんを守るために力を注げない状態にありますため、かなり体力の消費が激しく危険な状態です。

ロスティン・マイカンさん
高濃度の魔力にさらされており、40度近い熱があるような状態です。
ミーザにより守られており、回復も受けているので魔法維持には問題がありません。

ピア・グレイアムさん
高濃度の魔力にさらされており、40度近い熱があるような状態です。
時折ミーザの回復を受けていますが、この場所の維持とマグマの流れ込みを抑えることで精一杯です。
バートの魔力増幅装置を預かっています。


■第8回選択肢
・自己の信念or愛を貫く
・他人の意志を尊重する
・世界を優先する
・マテオ・テーペの人々を優先する
・生きるために足掻く
・生かすために足掻く
・傍観者になる
・救助に行く!(7回サイド不参加者限定)

 



担当させていただきました、川岸です。
魔法鉱石探索の執筆のみ、鈴鹿マスターが担当されました。

次回はこの直後から始まります。
火の一族絡みの結末と、それぞれのエピローグが描かれる予定です。

選択肢はPCの行動方針に一番近いものをご選択ください。
最後の選択肢は今回サイドに参加していなかった方専用となります。お休みしている方、グランド参加者でサイドに助けたい人がいる方、是非助けに来てください!

第7回のサイドは、第7回のグランドより後の話となり、第8回のサイドは、第8回のグランドより前の話となります。
サイドの展開によっては、マテオ・テーペ内の状況が変わり、箱船出航に影響がでるかもしれません。

火山へ最後の力を送った後、聖石がどう使われるかについてはグランドの分野となります。
サイドでは現状の打破に全力を尽くしていただけましたら幸いです。
「生き残ったら恋人にプロポーズする」のような事後行動もよろしければご記入ください。

第8回のメインシナリオ参加チケットの販売は10月24日から11月1日を予定しております。
アクションの締切は11月2日の予定です。
詳しい日程につきましては、公式サイトお知らせ(ツイッター)や、メルマガでご確認くださいませ。

それでは、皆様のメインシナリオ最後のアクションを、緊張しつつ楽しみにお待ちしております。